「三角貿易」という言葉はよく知られていますが、実際の大西洋奴隷貿易は、単純な三角形の航路だけで成り立っていたわけではありません。ヨーロッパ、アフリカ、南北アメリカ大陸、そしてカリブ海地域を結ぶ、複数の大陸にまたがる巨大な経済システムとして機能していました。
大西洋奴隷貿易の開始時期
大西洋を越える奴隷貿易は、16世紀初頭(1500年代前半)に本格的に始まったとされています。先駆けとなったのはポルトガルで、1526年にはアフリカからブラジルへ奴隷を直接輸送する最初の航海が行われました。その後、スペイン、イギリス、フランス、オランダなど各国がこの貿易に参入し、規模を拡大していきました。
約400年間に及んだ貿易の実態
この貿易は19世紀まで約300年以上にわたって続き、その間に1,000万人から1,200万人ものアフリカ系の人々が、過酷な航海(ミドル・パッセージ)を強制的に大西洋を渡らされ、アメリカ大陸へ運ばれたと推計されています。
一般的に「三角貿易」と呼ばれる構造は次のように説明されます。
- 第一の航路: ヨーロッパからアフリカへ、綿製品・武器・酒などの工業製品を輸出
- 第二の航路: アフリカからアメリカ大陸へ、奴隷化された人々を輸送
- 第三の航路: アメリカ大陸からヨーロッパへ、砂糖・タバコ・綿花などの原材料を輸送
貿易の終焉
18世紀末には廃止運動が活発化し、イギリスは1807年に奴隷貿易を違法とする法律を成立させました。しかし貿易そのものはすぐには消えず、最後まで奴隷貿易を行っていたブラジルでは、19世紀半ばまで密貿易が続き、奴隷制度自体も1888年まで存続しました。