アフリカの歴史

ポルトガルはアフリカに植民地を持っていたのに、なぜスペインには「ない」ことになっているのか?——実在したスペイン領アフリカの歴史

「ポルトガルにはアフリカの植民地があったのに、スペインにはなかった」というのは、実はよくある誤解です。スペインもまた、20世紀後半まで北アフリカや赤道ギニア一帯に複数の植民地を保有していました。ここでは、その実態と、なぜこのような誤解が生まれるのかを解説します。

スペインが保有していた主なアフリカ植民地

スペイン領モロッコ

1912年、モロッコがフランスとスペインによって分割保護領化された際、スペインはリーフ地方を中心とする北部と、南部のタルファヤ帯を獲得しました。1920年代にはリーフ戦争が勃発するなど統治は容易ではありませんでしたが、1956年のモロッコ独立に伴い返還されています。

スペイン領サハラ(西サハラ)

大西洋岸のリオ・デ・オロなどを含むこの地域は、リン鉱石などの資源で知られました。1975年、マドリード協定に基づきスペインは撤退し、以降この地域は西サハラとして国際的な係争地域となっています。

スペイン領ギニア

現在の赤道ギニアにあたる地域で、本土部のリオ・ムニとビオコ島(旧フェルナンド・ポー島)から構成されていました。アフリカ唯一のスペイン語圏国家として、1968年に独立を果たしました。

イフニ

モロッコ南西部に位置する小さな飛び地で、15世紀以来スペインが保持してきました。1957〜58年のイフニ戦争を経て、1969年にモロッコへ正式返還されました。

なぜ「スペインに植民地がなかった」と誤解されるのか

第一の理由は規模の差です。ポルトガルのアンゴラやモザンビークといった大規模な領土型植民地と比べ、スペインのアフリカ領は面積・人口ともに小さく、経済的な重要性も限られていました。世界史の教科書などで大きく取り上げられることが少なく、印象に残りにくかったのです。

第二の理由は脱植民地化の時期です。スペインはモロッコ領を1956年、ギニアを1968年、サハラからも1975年と、冷戦期のうちに比較的早期に手放しました。一方ポルトガルは1974年のカーネーション革命までアフリカ植民地を強硬に維持し、長期に及ぶ植民地戦争が国際的に大きな話題となったため、「アフリカの植民地帝国」というイメージが強く定着しました。

現在も続くスペインとアフリカの関係

実は今日でも、セウタとメリリャという2つの自治都市が北アフリカの地中海沿岸にスペイン領として残っており、モロッコはその返還を求め続けています。また、アフリカ北西沖に位置するカナリア諸島もスペインの自治州であり、スペインとアフリカの結びつきは現代まで続いているのです。