答え:カルタゴ(Carthago)
ポエニ戦争の終わりにローマ共和国によって占領された、戦略的にも極めて重要な北アフリカの港湾都市はカルタゴです。
第三次ポエニ戦争とカルタゴの滅亡
紀元前146年、第三次ポエニ戦争の終結とともに、カルタゴはローマ軍による包囲攻撃の末に陥落し、徹底的に破壊されました。この最終決戦を指揮したのは、名将スキピオ・アエミリアヌス(後に「アフリカヌス」の称号を与えられる)率いるローマ共和国軍です。
カルタゴとはどんな都市だったのか
カルタゴは現在のチュニジア・チュニス近郊に位置し、フェニキア人(ポエニ人)によって建設された古代地中海世界有数の交易国家でした。地中海中央部の海上交通の要衝という絶好の立地を活かし、卓越した商業力と海軍力によって長く繁栄していました。
三度にわたるポエニ戦争
ローマとカルタゴの対立は、以下の三つの戦争へと発展しました。
- 第一次ポエニ戦争(紀元前264年〜241年):シチリア島の覇権をめぐる争いで、ローマが勝利。
- 第二次ポエニ戦争(紀元前218年〜201年):ハンニバルが象の部隊を率いてアルプスを越えイタリアに侵攻。カンナエの戦いでローマに大打撃を与えたものの、最終的にザマの戦いで敗北。
- 第三次ポエニ戦争(紀元前149年〜146年):ローマの包囲によりカルタゴは完全に滅亡。
その後のカルタゴ
「滅亡後、カルタゴの土地には塩が撒かれた」という逸話が有名ですが、これは後世の創作であるとされています。実際には、紀元前1世紀末にアウグストゥス帝の時代になってローマの植民市として再建され、帝国期には北アフリカ穀倉地帯の中心都市として再び大きく繁栄しました。今日ではその遺跡がユネスコの世界遺産に登録されています。