ヨルダン(正式名称:ヨルダン・ハシミテ王国)は、ある一つの出来事によって瞬時に建国された国ではありません。第一次世界大戦後の中東再編から始まり、イギリスによる委任統治、そして独立へと至るまで、複数の段階を経て形成された国家です。ここでは、その歴史的な歩みを順を追って解説します。
トランスヨルダン首長国の成立(1920年代)
第一次世界大戦の終結によりオスマン帝国が解体されると、中東地域は戦勝国であるイギリスとフランスによって再編成されました。ヨルダン川東岸にあたる「トランスヨルダン」地域は、当初イギリスのパレスチナ委任統治領の一部として位置づけられていました。
1920年代初頭、預言者ムハンマドの血統を引く名門ハーシム家出身のアブドゥッラー・ビン・アル=フセインが、イギリスによってトランスヨルダンの首長(アミール)に任命されます。これが現在のヨルダン王国の直接的な起源となりました。
独立と国名の変更(1946年)
1946年5月、トランスヨルダンに対するイギリスの委任統治が終了し、ヨルダンは正式に独立した主権国家として誕生しました。独立に際して国名は「ヨルダン・ハシミテ王国」と改められました。この国名には、初代国王アブドゥッラーがハーシム家の出身であることが反映されています。
西岸地区の占領と喪失
1948年に勃発した第一次中東戦争では、ヨルダンはヨルダン川西岸地区を占領し、現在の東エルサレムを含むこの地域を実効支配しました。しかし、1967年の第三次中東戦争(六日間戦争)において、東エルサレムを含む西岸地区はイスラエルに奪われることとなります。なお、1988年にはヨルダンは西岸地区に関する行政上の権限を正式に放棄し、同地域の将来はパレスチナ側に委ねられることになりました。
まとめ:段階的に形成された国家
ヨルダンは特定の一つの出来事によって「建国」されたわけではなく、オスマン帝国の崩壊、イギリスの委任統治、独立、そして中東戦争といった歴史の流れの中で段階的に形作られてきました。地政学的な力関係、地域紛争、当時の国際的な委任統治体制といった要因が複雑に絡み合い、今日のヨルダン・ハシミテ王国の姿が確立されたのです。