現在でも日本と韓国の間にはさまざまな問題が存在しますが、その中でも長年にわたって争われてきた大きな問題があります。
それが竹島(韓国名:独島)をめぐる領土問題です。※本記事では「竹島」と表記します。
この問題は、第二次世界大戦後の1950年代から今日に至るまで、60年以上にわたって全く解決されていません。2021年11月16日のニュースでは、韓国警察庁長官が竹島に上陸したことが報じられ、日本政府が抗議しました。
竹島問題が60年以上経ってもなお難しいのは、日本と韓国の認識に大きな隔たりがあり、第三国による仲介もほとんど行われていないためです。
今回は、この竹島問題について、できるだけシンプルにわかりやすく解説していきます。
竹島問題とは?
日本と韓国の間で争われている領土問題は、竹島をめぐるものです。
1952年、太平洋戦争後の日本はサンフランシスコ平和条約によって主権を回復し、竹島は国際的に日本の領土として認められました。
しかし韓国はこれに反対し、自国の管轄水域として李承晩ラインを設定。竹島を自国の領土と位置づけ、武力による実効支配を行ってきました。
その後、日韓基本条約や日韓約や日韓漁業協定が締結され国交が正常化しましたが、韓国側は現在まで武力による実効支配を続けています。竹島周辺には豊富な漁業資源がありますが、韓国が実効支配を続けているため、日本側は竹島周辺での漁業ができなくなっています。
日本側は抗議や、第三国の仲介による国際司法裁判所への付託などを韓国側に提案してきましたが、韓国側は「領土問題は存在しない」として裁判による解決を拒否し続けています。
竹島(独島)とはどんな島?
竹島は、日本海南西部、北緯37度・東経131度に位置する小さな島で、大小2つの島と多数の岩礁から構成されています。大きさは東京ドーム5個分ほどで、隠岐から約157km、韓国側の鬱陵島から約87kmの距離にあります。
日本では「竹島」、韓国と北朝鮮では「独島(トクト)」、アメリカなどの第三国からは「リアンクール岩礁」と呼ばれています。
竹島自体は小さく資源にも乏しい島ですが、周辺海域は対馬海流とリマン海流が交わる場所にあたるため、好漁場となっています。海底油田などは確認されておらず、現時点での経済的価値は漁業権にあるといえます。
竹島をめぐる日本と韓国の主張
日本側の主張
日本は古くから文献や地図で竹島の存在を認識していました。
江戸時代末期以前には「松島」と呼ばれ、江戸幕府の公認のもとで漁業が行われ、開発も進められていました。ただしこの時点ではいずれの国の領土にも属していなかったため、1905年1月、閣議決定により島根県の管轄する島として編入されました。
竹島の島根県への編入以降、日本は平穏かつ継続的に行政措置を行っており、いかなる国からも抗議を受けていません。
韓国側の主張
一方、韓国側は1454年の「世宗実録地理志」や1531年の「新増東国輿地勝覧」などの文献に登場する「于山島(ウサンド)」が竹島であると主張しています。また1696年には安龍福(アン・ヨンボク)という人物が竹島から日本人を追い出したとも述べています。
さらに1900年、大韓帝国の勅令により、石島(ソクト)という名称で韓国領となったとしています。
しかし日本側は、韓国が主張する于山島や石島が竹島である明確な根拠はなく、大韓帝国勅令以降も実効支配が行われた形跡はないと考えています。
ちなみに安龍福という人物は日本側の記録にも登場しますが、日本の記録では、この人物は密漁の際に日本の役人に捕らえられたとされています。
竹島問題の詳細と現在までの経緯
竹島問題は1945年(昭和20年)以降に生じた問題ですが、時代の進展とともに問題の内容や状況は大きく変化してきました。
連合国占領期後半の竹島問題
1905年(明治38年)、日本の閣議決定により竹島は日本の領土として編入されました。
太平洋戦争中も日本は竹島を日本の領土として統治していましたが、敗戦により連合国に占領されます。その中でGHQは日本の主権が及ぶ範囲を定め、漁業活動のための航行範囲も設定しました。
その中に、GHQ総司令官ダグラス・マッカーサー元帥の名前を冠した「マッカーサー・ライン」と呼ばれる境界線があります。日本語では「日本漁業及び捕鯨承認区域に関する覚書」と呼ばれるこの線は、占領下における日本漁船の活動範囲を定める基準として設けられたものです。
あくまでこの線は、竹島付近での漁業を許可しない暫定的な基準でした。
GHQには領土処分を決定する権限はなく、領土の法的確定は講和条約によって決められることになっていました。
サンフランシスコ平和条約後
1952年にサンフランシスコ平和条約が調印され、日本の主権回復とともに主権の範囲が定められました。竹島はこの条約によって日本の領土と認められ、旧マッカーサー・ラインは条約発効とともに廃止されました。
なお、この条約の起草過程で韓国は「竹島を日本が放棄する領域に含めるべきだ」と要求しましたが、竹島が日本の領土であることからアメリカはこれを却下しています。このことからも、竹島が日本の放棄対象に含まれていないことは明らかです。また、条約文中に竹島が意図的に記載されていないことからも、竹島が日本の領土であるという認識のもとで条約が作成されたことがわかります。
しかし、この決定に反対したのが韓国でした。韓国は平和条約調印前に、マッカーサー・ラインを根拠として韓国独自の「李承晩ライン」を設定し、竹島を自国の水域としたのです。
その後、韓国側の「独島義勇守備隊」が竹島に駐留し、竹島近海で操業する船舶の監視や拿捕を行いました。守備隊は1956年以降解散されましたが、武装警察部隊による実効支配は現在まで続いています。
日韓国交正常化
竹島問題とは別に、1965年に締結された日韓基本条約と日韓漁業協定により、国交回復と李承晩ラインの廃止が決まりましたが、竹島問題は未解決のままです。そのまま韓国側の実効支配は続いています。
1996年、国連海洋法条約が日韓両国で発効し、両国の中間線に基づく暫定水域が設定されました。この協定では日本と韓国の漁船が共同で利用することになっていましたが、実際には韓国漁船が漁業を独占しており、日本漁船は今も利用できていません。
その後、日本側では2005年に島根県議会が2月22日を「竹島の日」とする条例を可決したことで、日韓関係が悪化しました。
さらに2012年には、韓国の李明博大統領が現職大統領として初めて竹島を訪問。2018年には韓国の首相が初めて竹島を訪問しました。
こうした出来事の結果、日韓関係は悪化し、緊張状態が続いています。
竹島問題の現状と両国の見解
竹島問題に対する両国の見解は、日本は「韓国との間に領土問題がある」とし、韓国は「そもそも固有の領土であるため領土問題は存在しない」というものです。北方領土問題にも似た構図が見られます。
日本側の見解:
- 歴史的事実および国際法上、竹島は日本固有の領土である
- 韓国による竹島の占拠は、国際法上の根拠のない不法占拠である
- 竹島問題は国際法に基づき、冷静かつ平和的に解決されるべきである
韓国側の見解:
- 日本との間に領土問題は存在しないため、裁判には応じない
- 竹島を「石島」として韓国領に編入する勅令を発布した
- 鬱陵島と竹島は距離が近いため、竹島は韓国の領土である
- 韓国の公式文献に自国の領土として記載されている
- 安龍福が竹島は韓国の領土だと日本に抗議し、日韓間の交渉を通じて竹島は韓国の領土となり、日本人の渡航が禁止された
日本も1952年以来、「不法占拠である」として韓国に抗議声明を出し続けており、国際司法裁判所への付託による司法解決を1954年、1962年、2012年に提案してきました。しかし韓国側の拒否により、国際司法裁判所での審理は実現していません。
この裁判は、紛争当事者が裁判所での解決を求めることに合意してはじめて審理が開始される仕組みになっています。そのため、日本がどれだけ一方的に提訴しても、韓国が自発的に応じない限り、国際司法裁判所の管轄権は成立しません。
ちなみにアメリカ側は一貫して竹島を日本の領土とみなしていますが、韓国と同盟関係にあるため、竹島問題の積極的な仲介をする姿勢は示していません。一方、北朝鮮は韓国の主権を支持しています。
韓国は国際裁判に応じておらず、依然として竹島を実効支配しているため、状況は変わらず解決策を見出すのは困難です。
しかし、日本にはまだ残された手段があります。
それは、日本が単独で国際司法裁判所に提訴する「単独提訴」です。
もちろん韓国側にも拒否権がありますが、拒否する場合は、その理由を全世界に向けて公表しなければならないルールになっています。これは竹島問題を世界に知ってもらう良い機会にもなり、韓国は全世界が納得する拒否理由を公表しなければなりません。
もし日本が単独提訴を決断すれば、確固たる根拠と自信を持つ日本の方が、国際法上優位に立つと考えられます。