本記事では、1930年(西暦)にインドで起こった「チョーキダリ・カル・バンディ運動(Chowkidari Kar Bandi Movement、村の見張り番税廃止運動)」について、その背景と経過をわかりやすく解説します。
チョーキダリ税とは何か
「チョーキダリ」とは、インドの農村部において治安維持や見張り役を担う村の番人(チョーキーダー)を指す言葉です。この番人の人件費は、住民から徴収される「チョーキダリ税」として賄われていました。しかし、当時の農民にとってこの税負担は重く、イギリス植民地政府への不満の一因となっていました。
運動の背景:公民不服従運動との関連
1930年、ガンディー(マハトマ・ガンディー)が主導した公民不服従運動が全インド規模で展開されると、各地でさまざまな形態の抗議活動が生まれました。その中でも、インド東部、とりわけビハール州が中心となったのが、このチョーキダリ税の不払い運動でした。
運動は1930年5月に始まりました。農民たちは「チョーキダリ税を払わない」ことを運動の柱として掲げました。
運動の展開
- 開始時期: 1930年5月
- 中心地域: インド東部、特にビハール州
- 主要な地区: マンゲル(ムンゲル)、バガルプル、サランの各県
まず最初に、マンゲル県、バガルプル県、サラン県の農民たちに対し、税を納めないよう呼びかけが行われました。運動は急速に広がり、税の支払いを拒否する者が続出しました。
ボイコットという闘争手段
この運動の大きな特徴は、税を納めようとする者や、運動に抵抗する者に対して行われた社会的ボイコット(社会的不買・排除)です。納税に応じないよう促すことで、運動への参加圧力を高め、税収の停滞を招く戦術が取られました。
運動の歴史的意義
チョーキダリ・カル・バンディ運動は、都市部ではなく農村の庶民レベルで展開された点において、公民不服従運動の重要な一翼を担いました。植民地政府の地方財政に直接打撃を与える試みとして、ビハール州における民族運動の高揚を象徴する出来事となっています。