この記事では、インド国民運動に関連する主要な運動と出来事を、発生年とともにわかりやすくまとめました。SSCなどの公務員試験や各種試験の歴史分野で頻出する項目を、時代順に整理しているので、受験勉強や復習にぜひご活用ください。
インド国民運動の主要な出来事一覧
1857年〜1885年|植民地支配への抵抗と社会改革の時代
| 出来事 | 年 |
| 第一次インド独立戦争(セポイの乱) | 1857年 |
| 東インド会社統治の終焉とヴィクトリア女王のインド女帝宣言 | 1858年 |
| インド参事会法の施行 | 1861年 |
| プラールタナ・サマージ(祈祷協会)の設立 | 1867年 |
| クーカー反乱 | 1872年 |
| 神智学協会の設立 | 1875年 |
| アーリヤ・サマージの設立 | 1875年 |
| リットン総督によるデリー・ダーバーの開催 | 1877年 |
| 第1次工場法の施行 | 1881年 |
| 神智学協会アディヤール本部の設立 | 1882年 |
| イルバート法案の成立 | 1883年 |
| インド国民会議派の結成 | 1885年 |
1904年〜1919年|民族運動の勃興とガンディーの登場
| 出来事 | 年 |
| インド大学法の成立 | 1904年 |
| ベンガル分割令 | 1905年 |
| ムスリム連盟の結成 | 1906年 |
| スラット大会(穏健派と過激派の分裂) | 1907年 |
| モーリー=ミントー改革 | 1909年 |
| 英王ジョージ5世臨席のデリー・ダーバー | 1911年 |
| 自治同盟(ホーム・ルール・リーグ)の結成 | 1916年 |
| ラクナウ協定(ムスリム連盟と国民会議派の協定) | 1916年 |
| チャンパーラン運動(ガンディー初のサティヤーグラハ) | 1917年 |
| ローラット法の成立 | 1919年 |
| ジャリアンワーラー・バーグ虐殺事件 | 1919年 |
| モンタギュー=チェムスフォード改革 | 1919年 |
| キラーファット運動 | 1919年 |
1920年〜1932年|大衆運動の展開と憲政の進展
| 出来事 | 年 |
| 非協力運動 | 1920年〜1922年 |
| チャウリ・チャウラ事件 | 1922年 |
| サイモン委員会の任命 | 1927年 |
| サイモン委員会の来印 | 1928年 |
| バガト・シンらによる中央立法議会での爆弾投擲 | 1929年 |
| 国民会議派による完全独立(Purna Swaraj)決議 | 1929年 |
| 市民的不服従運動(塩の行進) | 1930年 |
| 第1次円卓会議 | 1930年 |
| 第2次円卓会議 | 1931年 |
| 第3次円卓会議 | 1932年 |
| 共通選挙区制(コミュナル・アワード)の発表 | 1932年 |
| プーナ協定 | 1932年 |
1942年〜1947年|独立への最終段階
| 出来事 | 年 |
| クリップス使節団の来印 | 1942年 |
| クイット・インディア(インド退出)運動 | 1942年 |
| アザド・ヒンド軍(自由インド軍)の再編 | 1943年 |
| 内閣使節団の来印 | 1946年 |
| 憲法制定議会選挙の実施 | 1946年 |
| 暫定政府の発足 | 1946年 |
| マウントバッテン計画(インド分割案)の提示 | 1947年 |
| インド独立の達成 | 1947年 |
補足:非協力運動は1920年に始まり、1922年のチャウリ・チャウラ事件(群衆と警察の衝突による死傷事故)を受け、マハトマ・ガンディーによって中止されました。
この記事では、インド国民運動に関する主要な運動と出来事を年表形式で紹介しました。暗記の際は、それぞれの出来事の時代背景とあわせて覚えると定着しやすくなります。その他、インド近代史について知りたい情報があれば、コメント欄からお気軽にお問い合わせください。