1882年、アメリカ合衆国議会は中国系労働者の米国への移住を阻止することを目的とした「中国人排除法(Chinese Exclusion Act)」を可決しました。これは、特定の民族・国籍を対象として移民を制限した、アメリカ史上初の重要な連邦法でした。
この法律が成立した背景には、単一の原因ではなく、人種差別、経済競争、政治的圧力という複数の要因が複雑に絡み合っていました。
中国人排除法が可決された3つの背景
1. 人種差別
当時の多くの白人アメリカ人は、中国系移民を自らより劣った存在とみなし、自分たちの生活様式に対する脅威だと捉えていました。中国系労働者は白人労働者から仕事を奪う存在と見なされ、犯罪や売春といったさまざまな社会問題の原因であるかのように不当に非難されることも少なくありませんでした。
2. 経済競争
中国系労働者は白人労働者よりも低い賃金で働くことを厭わなかったため、白人労働者の雇用と経済的な安定を脅かす存在とみなされました。また、ゴールドラッシュ時代に多数の中国人が渡米していたこともあり、多くの白人が「中国系移民が金や木材などの国の天然資源を不当に利用している」と信じ込んでいた点も見逃せません。
3. 政治的圧力
中国人排除法は、白人労働組合や政治団体からの強い圧力に応える形でも可決されました。これらの団体は「中国系移民の急増はアメリカの生活様式への脅威だ」と主張し、政府に対して中国移民の流入を制限するよう強く求めていました。こうした世論の高まりが、議会での法案成立を後押ししたのです。
排除法の影響と廃止までの道のり
中国人排除法は、中国系移民の運命を大きく変え、アメリカの歴史に深い爪痕を残した重大な立法でした。家族の呼び寄せが困難になり、コミュニティの形成も妨げられるなど、中国系アメリカ人たちは長年にわたり厳しい差別に苦しむことになりました。
この法律は60年以上にわたって効力を持ち続け、第二次世界大戦中の1943年、中国が連合国側として参戦したことを受けた「マグヌソン法(Magnuson Act)」によってようやく廃止されました。しかし、その後も移民には厳しい割当枠が設けられるなど、完全な平等が実現するまでにはさらに長い歳月を要しました。