アジアの歴史

真珠湾攻撃を指揮した山本五十六は「眠れる巨人」について何を語ったのか?

1941年12月8日(ハワイ時間12月7日)、大日本帝国海軍がハワイの真珠湾に停泊していた米太平洋艦隊を奇襲した「真珠湾攻撃」。この歴史的な作戦全体を指揮したのが、当時の連合艦隊司令長官・山本五十六大将です。

山本五十六が残したとされる名言

攻撃の成功を受けて、山本五十六は次のように語ったと伝えられています。

「恐らく我々がなし得たのは、眠れる巨人を目覚めさせ、彼に恐るべき決意を抱かせることだけだろう」

英語では「I fear all we have done is awaken a sleeping giant and fill him with a terrible resolve」と表現され、「眠れる巨人(sleeping giant)」という言葉とともに世界中で広く知られています。この言葉は、世界最大の工業力を持つアメリカという巨大国家を敵に回したことへの懸念、そして戦争の行方に対する深い憂慮を表したものとして解釈されています。

この名言の由来とは

実は、この発言には確固たる一次資料が存在しないことが知られています。有力な説によれば、この台詞は1970年の映画『トラ・トラ・トラ!』で用いられたもので、そこから山本の名言として定着しました。

ただし、山本五十六自身がハーバード大学留学や駐米海軍武官の経験を通じてアメリカの圧倒的な国力を熟知しており、本来は対米開戦に慎重な姿勢を示していた人物だったことは史実です。その意味で、この名言は彼の思想的な立場を見事に体現しているとも言えます。

山本五十六という人物

山本五十六は1884年、新潟県長岡市に生まれました。アメリカの石油生産能力や工業力を肌で知っていた彼は、日米間の長期戦争は日本にとって勝ち目がないと認識していました。そのため、開戦初期の短期決戦によって有利な講和条件を引き出すことを狙い、真珠湾攻撃を立案したとされています。

結果として、真珠湾攻撃を機にアメリカは本格的に第二次世界大戦へ参戦し、戦局は日本にとって不利な方向へと転じていきました。「眠れる巨人を目覚めさせた」という比喩は、その後の歴史の流れを先取りしていたかのような言葉として、現代にも語り継がれています。