アジアの歴史

なぜ原爆には「リトルボーイ」「ファットマン」という名前が付けられたのか?

1945年に広島と長崎に投下された原子爆弾には、開発および計画の段階でコードネームが与えられていました。ただし、アメリカ合衆国政府が正式な名称として公式に定めたものではありません。これらのコードネームは、原子爆弾を生み出した極秘研究開発計画である「マンハッタン計画」に携わった科学者、軍関係者、政府当局者たちの間で、機密を保持しながら意思疎通を円滑に行うために使われていたものです。

原子爆弾に与えられた2つのコードネーム

1. 「リトルボーイ(Little Boy)」

これは、1945年8月6日に広島へ投下されたウラン型原子爆弾のコードネームです。その設計には「ガンタイプ(銃型)」と呼ばれる方式が採用されており、ウランの弾丸を臨界質量に達するウラン塊へ撃ち込むことで核連鎖反応を引き起こす、比較的シンプルな仕組みでした。爆発威力は推定15キロトン程度とされています。

2. 「ファットマン(Fat Man)」

こちらは、1945年8月9日に長崎へ投下されたプルトニウム型原子爆弾のコードネームです。リトルボーイよりも複雑な「インプロージョンタイプ(爆縮型)」機構を採用しており、高性能爆薬の爆発力によってプルトニウムの核心を瞬時に圧縮し、臨界質量に到達させる設計となっていました。爆発威力は推定21キロトン程度に及びます。

コードネームの目的と戦後の扱い

これらのコードネームは、あくまでマンハッタン計画の開発段階や作戦計画における内部連絡用のものであり、一般向けの公的な名称や正式な呼称として意図されたものではありませんでした。戦後になると、両爆弾は特定の名前ではなく、単に「原子爆弾」あるいは「原爆」として広く知られるようになりました。

それでもなお、「リトルボーイ」や「ファットマン」というコードネームは、歴史の教科書や記録資料の中で今も広く使われ続けており、核兵器の悲劇的な歴史を語る上で象徴的な存在となっています。