アジアの歴史

クビライ・カーンの本名とは?名前の由来と生涯をわかりやすく解説

モンゴル帝国の第五代ハーンであり、大元ウルスの初代皇帝として知られるクビライ・カーン。「カーン」という称号で広く知られていますが、本来の個人名(本名)は何だったのでしょうか。この記事では、クビライ・カーンの名前の由来や、ハーン即位までの経緯をわかりやすく解説します。

クビライ・カーンの本名は「フビライ(クビライ)」

クビライ・カーンの本名は、生まれたときから授けられていた個人名である「フビライ(Khubilai/クビライ)」です。1215年、チンギス・カンの孫として生まれた彼は、この名前で呼ばれて育ちました。

なお、モンゴル語で「鉄」を意味する「テムル」という名前は、クビライ自身ではなく、その孫で後継者となったテムル・ハン(成宗)の名として知られています。

「クビライ」という名前の由来

「クビライ」という名前の語源については複数の説があります。一説にはテュルク系言語に由来し、「偉大な」といった意味合いが込められていたとも言われます。また、中世モンゴル語の「クビル(分配・分け前)」に由来するという説もあり、正確な語義は今なお研究者の間で議論されているのです。

1260年、兄モンケ・ハンの跡を継いで即位

1259年、第四代ハーンであった兄のモンケ・ハンが死去すると、クビライは1260年にハーン位を継承し、モンゴル帝国の第五代ハーンとなりました。以降、彼は「クビライ・カーン(フビライ・ハン)」の名で広く知られることになります。

1271年には国号を「大元」と定め、中国式王朝の皇帝としても君臨しました。死後には廟号「世祖」、諡号「聖徳神功文武皇帝」を贈られています。

まとめ

クビライ・カーンの本名は「フビライ(クビライ)」であり、「カーン」はモンゴルの君主を表す称号です。1260年に第五代ハーンとして即位し、大元ウルスを建国した彼は、ユーラシア史に大きな足跡を残した世界史上屈指の君主と言えるでしょう。