アジアの歴史

モンゴルによるロシア支配は「200年間」なのか?実際の統治期間と歴史的背景を解説

モンゴル帝国がロシアを直接支配していたのは「ちょうど200年間」というわけではありません。正確には、モンゴル(ジョチ・ウルス)がロシア諸公国を支配下に置いた期間はおよそ250年間に及びます。そのため、「200年間」という前提自体が厳密には正確ではないと言えます。

モンゴル支配の始まり

1237年から1240年にかけて、バトゥ・ハン率いるモンゴル軍がロシア諸公国へ侵攻しました。リャザンやウラジーミルといった主要都市が次々と陥落し、1240年にはキエフも陥落します。これ以降、ロシア諸公国はジョチ・ウルス(キプチャク・ハン国)の宗主権を受け入れざるを得なくなりました。

間接支配という特徴

モンゴルの支配は、自らの行政機構を直接設置する形ではなく、各公国の君主に貢納を義務づけ、ハンが発行する「ヤルリク(統治許可状)」によって統治を認める間接的なものでした。この体制は、後にモスクワ大公国が台頭する土壌にも影響を与えたと考えられています。

支配の終わり

1380年のクリコヴォの戦いで、ドミートリー・ドンスコイ率いるモスクワ軍がモンゴル軍に勝利すると、モンゴルの権威は次第に揺らぎ始めました。そして1480年、イヴァン3世の時代に起こった「ウグラ河の対峙」でモスクワがジョチ・ウルスへの服従を拒否し、実質的に約250年続いたモンゴルの支配はここに終わりを迎えました。

まとめ

つまり、モンゴルによるロシアへの支配期間は約250年(1240年頃~1480年)であり、「200年間」という表現は不正確です。この長期にわたる支配は、ロシアの政治制度、社会構造、さらには文化面にも多大な影響を残すこととなりました。