湾岸戦争とは
湾岸戦争(1990年~1991年)は、イラクによるクウェート侵攻をきっかけに勃発し、アメリカを中心とする多国籍軍がクウェート解放のために戦った大規模な紛争です。本記事では、戦争に至るまでの経緯から終結までの流れを、時系列でわかりやすく解説します。
湾岸戦争のタイムライン
1990年8月2日:イラク軍がクウェートに侵攻
イラク軍が隣国クウェートへ侵攻し、瞬く間に国土を占領しました。国連安全保障理事会は同日、決議660を採択し、侵攻を非難して即時撤退を要求します。
1990年8月6日:国連が経済制裁を決議
国連安保理は決議661を採択し、対イラクの全面的な経済制裁を発動しました。
1990年8月8日:米軍の中東配備が始まる
アメリカは「砂漠の盾」作戦として、中東地域への大規模な兵力展開を開始しました。
1990年8月25日:イラクがクウェート併合を宣言
イラクはクウェートを自国領土として併合すると宣言し、国際社会との対立を一層深めました。
1990年9月11日:ブッシュ大統領が議会で演説
ジョージ・H・W・ブッシュ米大統領は連邦議会での演説において、イラクに対する「封じ込め」政策を示すとともに、「新しい世界秩序」の構築を訴えました。
1990年11月29日:武力行使を容認する決議678を採択
国連安保理は決議678を採択し、イラクが1991年1月15日までにクウェートから撤退しない場合、あらゆる必要な手段(武力行使)を用いることを承認しました。
1991年1月15日:イラクが国連の最後通告を拒否
国連が定めた撤退期限を過ぎてもイラクは撤退を拒否し、戦争回避の道は閉ざされました。
1991年1月17日:空爆により開戦
多国籍軍による大規模な空爆作戦「砂漠の嵐」が開始され、湾岸戦争が正式に幕を開けました。
1991年2月24日:地上戦が開始
多国籍軍は地上部隊によるクウェート解放作戦を開始しました。
1991年2月28日:イラク軍がクウェートから撤退
圧倒的な劣勢に陥ったイラク軍はクウェートから撤退し、クウェートは解放されました。
1991年3月3日:停戦が成立
イラクと多国籍軍の間で停戦が成立し、戦闘行為は終了しました。
1991年4月11日:決議687で恒久和平の条件を設定
国連安保理は決議687を採択し、イラクとクウェート間の恒久的な平和の条件(武器査察・武装解除など)を定めました。
まとめ
湾岸戦争は、アメリカとその同盟国の勝利に終わり、冷戦後の国際秩序を象徴する紛争となりました。約半年に及ぶこの危機は、国連による集団安全保障の有効性を示す一方で、中東情勢の複雑さと不安定さをも浮き彫りにしました。