北米の歴史

ニクソン、リディ、ウォーターゲート――アントワーヌ・コッポラーニ著『リチャード・ニクソン』より抜粋

ニクソン、リディ、そしてウォーターゲートへ

今回は、2012年10月にフランスのファヤール社(Éditions Fayard)から刊行されたアントワーヌ・コッポラーニ(Antoine Coppolani)による評判の伝記『リチャード・ニクソン(Richard Nixon)』から、長めの抜粋を紹介したい。ニクソンについては、以前にもロマン・ユレ(Romain Huret)による良書を取り上げたことがある。コッポラーニの大作――全1200ページ、注釈3500件に及ぶ、フランス語圏における「決定版」と呼びうる伝記――は、ユレの主要な分析と矛盾するものではない。

著者の関心は主として「大きな歴史」に向けられており、ニクソン大統領の政治的功罪をきわめて真摯かつ公正な姿勢で再評価している。とはいえ、胸を締めつけられるような逸話にも折にふれて言及されている。以下に紹介するのは、ニクソン政権のみならず、その直前のケネディ、ジョンソンの両政権もまた手を染めていた違法な「工作」の世界を象徴する逸話として、とりわけ示唆的だと考えられるものである。ちなみにジョンソンは1969年初頭、権力移譲の場でニクソンに対し、大統領選挙戦の間じゅう彼を盗聴し続けていたことを告白していたという。

1972年1月――再選への布石、CRPの設立

時は1972年初頭。アメリカ合衆国大統領リチャード・ニクソンは第一期の任期を終えようとしており、再選への出馬を視野に入れていた。彼は再選に備えるための専任組織としてCRP(大統領再選委員会)を創設した。その責任者に据えられたのは、ホワイトハウス首席補佐官ハルデマンに近い35歳のジェブ・マグルーダー(Jeb Magruder)である。周囲には元CIA職員のE・ハワード・ハントやジェームズ・マッコードらが名を連ね、さらに決定的な存在となったのが、元FBI捜査官にして元検事のゴードン・リディ(Gordon Liddy)だった。リディについて、ハルデマンの副官ゴードン・ストレイカン(Gordon Strachan)はこう述べている。「彼は小さなヒトラーだ。だが少なくとも、こちら側についたヒトラーではある」。

続く場面はまことに凄絶であり、それ自体が雄弁に物語っている。1972年1月のこの会議の後、一連の違法行為が実行に移されたのは決して偶然ではない。これらすべてが、当時の司法長官ジョン・ミッチェル本人の了承のもとで進められていたのだから。

なお、この一連の会議で立案された作戦は、同年6月のワシントンD.C.ウォーターゲートビル内民主党全国委員会本部への不法侵入事件、すなわち「ウォーターゲート事件」へと直結していくことになる。

ニクソン、リディ、ウォーターゲート――アントワーヌ・コッポラーニ著『リチャード・ニクソン』より抜粋

出典:Antoine Coppolani, Richard Nixon, Fayard, 2012, pp. 846–849