「ニューメキシコの人々は、メキシコの他の地域よりも米国と多く貿易をしていたのではないか」という疑問を目にすることがあります。しかし、結論から言えば、この前提自体が誤りです。
実際の歴史的状況
歴史的に見ると、ニューメキシコ(1821年のメキシコ独立から1848年のグアダルーペ・イダルゴ条約締結まではメキシコ領)と米国との貿易は、むしろ限定的でした。ミズーリ州インディペンデンスからサンタフェへと続くサンタフェ・トレイルを通じた交易は確かに存在しましたが、その規模は決して大きくなく、ニューメキシコ経済の中心はあくまで地域内の自給自足的な農業・牧畜生産と、チワワなどメキシコ内部との交易に置かれていました。
一方、メキシコの他の地域、たとえば当時のコアウイラ・イ・テハス州(現在のテキサス周辺)や北部の諸州、湾岸地域では、米国との商取引がはるかに活発に行われていました。綿花や家畜、工業製品の流通においても、これらの地域の方が米国市場との結びつきは強かったのです。
まとめ
正しい理解は、「ニューメキシコと米国との貿易量は、メキシコの他の地域と比べて少なかった」というものです。「なぜニューメキシコは米国と多く貿易したのか」という問い自体が、誤った前提に基づいているため、答えようがないのです。歴史を学ぶ際には、こうした前提の妥当性をまず確認することが重要です。