1860年に連邦から脱退した州は何州?
「1860年にアメリカ合衆国(連邦)から脱退した州は何州あるのか」という疑問に対する答えは、年代をどこまで含めるかによって変わってきます。厳密に1860年という一年間に限定すれば、連邦からの脱退を宣言したのはサウスカロライナ州の1州のみです。
最初に脱退したのはサウスカロライナ州
南北戦争へとつながる南部諸州の連邦離脱において、最初の一歩を踏み出したのはサウスカロライナ州でした。同州は1860年12月20日、他のどの州にも先駆けて脱退条例を採択し、合衆国からの分離を正式に決定しました。
この歴史的な決断の背景には、同年11月の大統領選挙でエイブラハム・リンカーンが当選したことが大きく影響しています。奴隷制の拡大に反対するリンカーンの勝利を受け、奴隷制労働に強く依存していた南部の綿花プランテーション経済を支える人々の間で、連邦残留への不安が急速に高まったのです。
他の南部諸州の脱退は1861年に入ってから
サウスカロライナ州に続いてミシシッピ州、フロリダ州、アラバマ州、ジョージア州、ルイジアナ州、テキサス州が相次いで連邦を離脱しましたが、これらの脱退はすべて1861年の初頭に行われました。
つまり、「1860年内」という期間で厳密に区切れば、連邦を脱退した州はサウスカロライナ州ただ1州ということになります。その後、1861年2月にこれらの脱退州はアメリカ連合国(南部連盟)を結成し、同年4月のサムター要塞攻撃をきっかけに南北戦争が本格的に勃発しました。
まとめ
1860年に連邦から脱退した州は、12月20日に脱退を宣言したサウスカロライナ州の1州のみです。残りの南部諸州の脱退は1861年に入ってから行われたため、年代ごとに歴史を整理する際には、この時期の違いを押さえておくことが重要です。