北米の歴史

南北戦争中、テキサス州のユニオニスト(北軍支持者)に何が起きたのか?

開戦とともに始まった弾圧

1861年にテキサス州が合衆国から脱退し、アメリカ南北戦争が勃発すると、合衆国への忠誠を貫こうとする人々(ユニオニスト)は、訴追や投獄という厳しい現実に直面することになりました。テキサス州内では、南部連合(アメリカ連合国)への反逆罪の容疑で、150人以上の住民が逮捕されています。

逮捕者の中には、メキシコや北軍支配地域へと逃亡を果たした者もいれば、拘束されたまま身動きが取れなくなった者もいました。当時のテキサス州知事サム・ヒューストン自身も脱退に強く反対し、南部連合への忠誠宣誓を拒否して職を追われたことはよく知られています。

州議会議員への弾圧

中でも特に注目されるのは、1861年のテキサス州議会におけるユニオニスト議員たちの扱いです。南部連合への忠誠宣誓を拒否した議員たちは相次いで逮捕され、一部は投獄されました。しかし、世論からの批判や圧力が高まった結果、逮捕された議員の多くは比較的早い段階で解放されています。とはいえ、すべての人が自由になれたわけではなく、一部の拘束者は終戦まで釈放されないまま過ごしました。

秘密裏に続いた抵抗と運動の衰退

この初期の逮捕や威嚇にもかかわらず、ユニオニストたちは州内で活動を完全に放棄したわけではありません。彼らは地下に潜り、秘密裏に抵抗運動を継続しました。ドイツ系移民が多く住む地域などでは、北軍支持のネットワークが形成されていたことも記録に残っています。

しかしながら、南部連合の軍事的な勢力が州内で拡大を続けるにつれ、こうした活動は次第に困難さを増していきました。最終的には、一連の逮捕劇と南部連合当局による執拗な圧力によって、テキサス州内のユニオニスト運動は事実上解体されるか、沈黙を余儀なくされることとなりました。1862年にはゲインズビルでの大量絞首刑事件など、反連合派への取り締まりが激化した例もあり、戦争後半のテキサス州において、北軍支持を公言することは極めて危険な行為となっていたのです。