北米の歴史

ジェームズ・ブキャナンの大失敗とは?南北戦争を招いた「無策の大統領」の真相

ジェームズ・ブキャナン(第15代アメリカ合衆国大統領、在任1857年〜1861年)は、南北戦争直前という国家存亡の危機にホワイトハウスの指揮を執った人物です。しかし、彼の歴史的評価はきわめて低く、今なお「最悪の大統領」の一人として挙げられることが少なくありません。その最大の理由こそ、南北間の深刻な対立に対処できず、結果として南北戦争の勃発を許してしまったことにあるのです。

南北対立の激化と南部諸州の脱退

ブキャナンの任期中、奴隷制と州の権利(州権)をめぐる北部と南部の緊張は急速に高まりました。西部の新たな領土で奴隷制を認めるか否かを巡る争いは議会を二分し、社会全体をも分断していきました。

こうした対立の頂点とも言えるのが1860年の大統領選挙です。反奴隷制を掲げるエイブラハム・リンカーンの当選を受け、サウスカロライナ州を皮切りに南部諸州が相次いで連邦からの脱退(セセッション)を宣言しました。そして1861年、ついに南北戦争が勃発することとなります。

決断を避け続けた大統領

国家分裂の危機に直面しながら、ブキャナンは状況を打開するための決定的な行動をほとんど取りませんでした。むしろ彼は、親南部的な傾向の強い閣僚たちの政策を支持・容認し、奴隷制を西部の新領土へ拡大しようとする動きや、奴隷所有者の権利を擁護する姿勢を黙認したのです。

連邦の統一を守るべき立場にありながら、強硬な措置も妥協の道も模索しなかったこの態度は、危機をさらに深刻化させました。任期の最後の数ヶ月間、彼は事態を傍観するのみで、後継者リンカーンに焼け野原のような国家の分裂状態を引き継ぐことになったのです。

歴史に残る教訓

ブキャナンが果断な行動を取らず、南北の妥協点を見いだせなかったことは、南北戦争勃発の一因となった重大な過ちとして広く認識されています。60万人以上の犠牲を出したと言われるこの内戦がもたらした甚大な損害を考えれば、指導者の優柔不断が国家にどれほど大きな代償をもたらしうるかを、彼の失敗は雄弁に物語っています。