北米の歴史

南北戦争でアメリカ合衆国から離脱した11州とは?離脱順に解説

1861年から1865年にかけて続いた南北戦争(アメリカ内戦)では、奴隷制をめぐる対立などを背景に、南部の11州がアメリカ合衆国から離脱し、「アメリカ連合国(Confederate States of America)」を結成しました。ここでは、離脱した州とその日付を、実際の離脱順に沿って詳しく解説します。

最初に離脱した7つの州(1860年〜1861年初頭)

リンカーンが大統領に当選したことをきっかけとして、深南部(ディープサウス)の綿花地帯を中心に、次々と州が連邦からの離脱を宣言しました。

1. サウスカロライナ州(1860年12月20日)

最初に離脱を宣言したのがサウスカロライナ州です。同州は以前から州権を重視する立場を取っており、連邦への不満が最も強い州の一つでした。

2. ミシシッピ州(1861年1月9日)

サウスカロライナに続き、ミシシッピ州が離脱しました。綿花生産を支える奴隷労働への依存度が非常に高い州でした。

3. フロリダ州(1861年1月10日)

フロリダ州も1月10日に離脱を決定しました。

4. アラバマ州(1861年1月11日)

アラバマ州はその翌日に離脱し、後にアメリカ連合国の臨時首都モンゴメリーが置かれた州となりました。

5. ジョージア州(1861年1月19日)

ジョージア州は1月中旬に離脱を宣言しました。

6. ルイジアナ州(1861年1月26日)

ミシシッピ川河口を抱えるルイジアナ州も、経済的な理由から連邦を離れました。

7. テキサス州(1861年2月1日)

テキサス州は同年2月初旬に離脱し、これにより最初の7州がそろってアメリカ連合国を正式に結成することになりました。

サムター要塞攻撃後に離脱した4つの州(1861年)

1861年4月12日のサムター要塞の砲撃をきっかけに戦争が始まると、それまで境界州として留まっていた上南部の諸州も、相次いで連邦から離脱しました。

8. バージニア州(1861年4月17日)

建国以来の歴史を持つバージニア州の離脱は大きな衝撃でした。首都リッチモンドはアメリカ連合国の新たな首都となり、多くの重要な戦闘がこの州で行われました。

9. アーカンソー州(1861年5月6日)

アーカンソー州は5月上旬に離脱を決定しました。

10. ノースカロライナ州(1861年5月20日)

ノースカロライナ州は5月下旬に離脱しました。

11. テネシー州(1861年6月8日)

住民投票によって離脱を承認したテネシー州が、最後の離脱州となりました。

まとめ

以上のように、南北戦争中にアメリカ合衆国から離脱したのは以下の11州です。

【離脱順一覧】
1. サウスカロライナ州(1860年12月20日)
2. ミシシッピ州(1861年1月9日)
3. フロリダ州(1861年1月10日)
4. アラバマ州(1861年1月11日)
5. ジョージア州(1861年1月19日)
6. ルイジアナ州(1861年1月26日)
7. テキサス州(1861年2月1日)
8. バージニア州(1861年4月17日)
9. アーカンソー州(1861年5月6日)
10. ノースカロライナ州(1861年5月20日)
11. テネシー州(1861年6月8日)

これらの州はアメリカ連合国として連邦軍と戦いましたが、1865年の戦争終結とともに再び合衆国へ復帰していきました。なお、境界州であるメリーランド、デラウェア、ケンタッキー、ミズーリの各州は、奴隷制を認めながらも連邦側に留まりました。