結論:1870年までに態度は大きく変わらなかった
結論から言えば、1870年までにアメリカ人のアフリカ系アメリカ人公民権に対する態度が劇的に変わったとは言えません。南北戦争と憲法修正第13条・第14条・第15条の成立により、奴隷制は廃止され、アフリカ系アメリカ人に法的な権利が保障されました。しかしながら、人種的な偏見と差別はアメリカ社会に深く根付いたまま残り続けたのです。
南部の「ブラックコード」と北部の事実上の差別
戦後の時代、多くの南部諸州は「ブラックコード(黒人法)」と呼ばれる法律を制定し、アフリカ系アメリカ人の権利を厳しく制限しました。これらの法律は、労働の自由や移動の自由を実質的に奪うものであり、奴隷制の復活に近い抑圧をもたらしました。
一方、北部諸州においても状況は楽観できるものではありませんでした。住宅、雇用、教育といった生活のあらゆる場面で、法律ではなく慣習による事実上の人種隔離(デ・ファクト・セグリゲーション)と差別が広く行われていたのです。
クー・クラックス・クランの台頭
さらに深刻な問題となったのが、1865年に設立されたクー・クラックス・クラン(KKK)です。同団体は、アフリカ系アメリカ人が新たに獲得した公民権を行使することを妨げるため、暴力的な脅迫やテロ行為を繰り返し、人種差別の象徴的存在として台頭しました。
長い闘いの始まり
こうした厳しい障害にもかかわらず、アフリカ系アメリカ人は公民権の獲得に向けて闘い続けました。1909年に設立された全米有色人種地位向上協会(NAACP)をはじめとする組織を通じて、法的・社会的な権利擁護活動が展開されていきます。
しかし、公民権における実質的な前進が達成されたのは、20世紀半ばのことでした。つまり、奴隷制の廃止から実際の平等な権利の確立までには、数十年にわたる粘り強い闘争と社会変革が必要だったのです。