北米の歴史

フェリックス・ゾリコファーは南北戦争中に何をしたのか?その生涯と軍歴を解説

フェリックス・ゾリコファーとはどんな人物か

フェリックス・カーク・ゾリコファー(Felix Kirk Zollicoffer、1812年5月19日~1862年1月19日)は、アメリカの弁護士、政治家、軍人です。テネシー州選出の合衆国下院議員を務めた後、南北戦争(アメリカ内戦)ではアメリカ連合国(南軍)の准将として従軍しました。

生い立ちと教育

ゾリコファーは1812年、テネシー州モーリー郡でジョン・ジェイコブ・ゾリコファーとパーセニア(旧姓カーター)ゾリコファーの息子として生まれました。ナッシュビル・アカデミーに進学して法律を学び、修了後はテネシー州パリへ移り住んで弁護士として開業し、同時に政界への足掛かりも築いていきました。

政治家としての経歴

1841年、ゾリコファーはテネシー州下院議員に当選し、2期にわたって務めました。続く1843年には合衆国下院議員に当選し、連邦議会ではテキサス併合や奴隷制の西部領土への拡大を支持する立場を取りました。

連邦議会を離れた後はテネシー州へ戻って弁護士業を再開し、ホイッグ党の一員として1847年に州議会議員に当選。さらに1849年には州監査官(コンプローラー)に任命されました。

南北戦争への参加

1861年に南北戦争が勃発すると、ゾリコファーは南軍に身を投じ、准将に任じられました。東テネシー方面の指揮官として着任し、北軍(合衆国軍)の攻勢からこの地域を防衛する重責を担うことになります。

1861年11月、彼の率いる部隊はワイルドキャット砦の戦い(バトル・オブ・キャンプ・ワイルドキャット)で北軍と交戦しましたが、この戦いは南軍の敗北に終わりました。

最期

1862年1月19日、ケンタッキー州で行われたミルスプリングスの戦いにおいて、激しい雨と視界不良の中で敵前線に接近しすぎたゾリコファーは北軍兵士の銃撃を受け、戦死しました。彼は南北戦争で最初に戦死した南軍の将軍の一人とされています。

まとめ

ゾリコファーは、弁護士・政治家・軍人という多彩な経歴を持つ人物でした。奴隷制と南部連合を強く支持し、自らの信念のために命を懸けて戦い抜いた姿は、当時の南部の人々の生き方を象徴するものといえるでしょう。