1917年4月にフランス北部で行われたヴィミー尾根の戦いは、第一次世界大戦における重要な転換点の一つです。イギリス軍の支援を受けたカナダ軍団が、高地を掌握していたドイツ軍を攻撃し、入念な準備と見事な協同作戦によって尾根を奪還しました。
この勝利を支えたのは、歩兵火器・砲兵・機関銃・毒ガスなど、当時の最新鋭の武器群でした。ここでは、ヴィミー尾根の戦いで実際に使用された主な武器を分かりやすく解説します。
1. 歩兵用火器
ボルトアクション式小銃
歩兵の主力装備だったのはボルトアクション式小銃です。イギリス軍とカナダ軍は信頼性の高いリー・エンフィールド短小銃を使用し、ドイツ軍はモーゼル・グウェーア98で対抗しました。リー・エンフィールドは装填速度が速く、訓練を積んだ射手は1分間に15発以上発射できたとも言われています。
手榴弾
塹壕戦では手榴弾が重要な役割を果たしました。イギリス・カナダ軍は卵形のミルズ爆弾を、ドイツ軍は柄付きのシュティールハンドグラナーテを使用しています。
※なお、アメリカ製のブローニング自動小銃(BAR)は1918年以降に実戦投入された兵器のため、1917年4月のヴィミー尾根の戦いでは使用されていません。
2. 砲兵と砲撃戦
ヴィミー尾根の戦いは「砲兵の勝利」と呼ばれることもあります。カナダ軍団は約1,000門もの火砲を揃え、攻撃開始までの数週間にわたりドイツ軍陣地への徹底的な準備射撃を行いました。
野戦砲と重砲
イギリス軍の標準野戦砲である18ポンド野戦砲が歩兵の前進を火力で支援し、6インチ榴弾砲などの重などの重砲はドイツ軍の要塞化した陣地や掩蔽壕を破壊するために投入されました。守るドイツ側も15cm重野戦榴弾砲で応戦しています。
クリーピングバラージ(徐進弾幕)
特に決定的だったのがクリーピングバラージという射撃戦術です。歩兵の前方に砲弾の壁を作りながらゆっくりと前進させ、それに続いて歩兵が突撃することで、敵を塹壕から身を乗り出せない状態に陥れました。さらに事前の対砲兵射撃により、ドイツ軍砲兵部隊の多くが無力化されています。
3. 機関銃
ルイス軽機関銃
イギリス・カナダ両軍が使用したルイス軽機関銃は空冷式で比較的軽量だったため、歩兵と共に前進できる貴重な支援火力となりました。
ヴィッカース重機関銃
水冷式のヴィッカース重機関銃は、持続的な制圧射撃を可能にする重装備でした。カナダ軍の機関銃部隊は、間接照準による長距離弾幕射撃も行っています。
MG08
ドイツ軍の主力機関銃MG08は、防衛側の強力な切り札として塹壕に配備され、攻め上がる連合軍にとって大きな脅威となりました。
4. 迫撃砲
塹壕間の近接戦闘では、イギリス・カナダ軍のストークス塹壕迫撃砲やドイツ軍のミーネンヴェルファーが、敵塹壕や有刺鉄線の破壊に活用されました。
5. 毒ガス
第一次世界大戦では化学兵器も使用されました。塩素ガスは1915年のイーペルの戦いでドイツ軍が初めて大規模に使用した化学兵器で、その後も西部戦線各地で使われました。より毒性の強いホスゲンも双方が運用しており、ヴィミー周辺の戦域でもガス砲撃が行われた記録があります。これに対抗するため、兵士たちはガスマスクを常に携行していました。
6. 戦車は活躍したのか?
よく誤解されがちですが、ヴィミー尾根の戦いでは戦車はほとんど活躍していません。春先のぬかるんだ地形は戦車の機動に不向きで、イギリス軍のマークIV戦車が本格的な戦果を挙げるのは、同年後半のメシヌやカンブレーの戦い以降のことです。ヴィミー尾根では、綿密な砲兵射撃と歩兵の徹底した訓練こそが勝利の鍵となりました。
まとめ
ヴィミー尾根の戦いにおける勝利は、小銃や手榴弾といった歩兵装備、圧倒的な砲兵火力とクリーピングバラージ、機関銃や迫撃砲による火力支援が組み合わさった結果でした。すべての兵士が作戦目標を共有するという徹底した訓練と計画的な砲撃の組み合わせは、後の近代戦術の原型となったと言われています。