1864年、アメリカ南北戦争の最中にエイブラハム・リンカーンは大統領再選を果たしました。その再選を決定づける鍵となったのが、1863年7月1日から3日にかけてペンシルベニア州で行われた「ゲティスバーグの戦い」です。
ゲティスバーグの戦いの概要
ゲティスバーグの戦いでは、ジョージ・G・ミード将軍率いる北軍ポトマック軍と、ロバート・E・リー将軍率いる南軍北バージニア軍が激突しました。この戦いは南北戦争全体の転換点とされており、リー将軍による2度目の北部侵攻を阻止する結果となりました。
また、この勝利は南軍の首都であるバージニア州リッチモンド攻略へ向けて北軍が本格的に攻勢に出るきっかけともなりました。両軍ともに甚大な犠牲を出したものの、結果としては北軍の重要な勝利であり、ミード将軍の部隊はリー軍の侵攻を食い止め、南軍に深刻な損害を与えました。
リンカーンの再選に与えた影響
ゲティスバーグでの北軍の勝利は、北部世論の士気を大きく高め、リンカーンを強く有能な指導者として国民に印象づけることになりました。
さらに、リンカーン自身の戦争遂行への手腕や、南軍支配地域における奴隷の自由を宣言した「奴隷解放宣言」も、有権者からの支持を集める大きな要因となりました。
こうした流れを受けて、リンカーンは1864年の大統領選挙で民主党候補のジョージ・B・マクレラン将軍を大差で破り、見事再選を果たしたのです。
まとめ
ゲティスバーグの戦いは、南北戦争の潮流を北軍優位へと転換させただけでなく、アメリカ史上でも特に困難だった時期におけるリンカーンの指導力を強固なものにしました。まさにこの戦いこそが、エイブラハム・リンカーンの再選を導いた決定的な要因といえるでしょう。