1775年に始まったアメリカ独立戦争の直前、イギリス軍が北米植民地に駐留させていた兵力は、およそ7,000人から9,000人とされています。この数には、当時「レッドコート(赤い軍服)」と呼ばれたイギリス正規兵と、現地で徴用された植民地補助部隊の両方が含まれていました。
ボストンに集中していたイギリス軍
イギリス軍の主力はマサチューセッツ州ボストンに集中しており、全兵力のほぼ半分がこの地域に配置されていました。ボストンは当時、植民地側の不満が最も高まっていた政治的・軍事的な要衝であり、イギリス政府にとって最重要の拠点とみなされていたのです。
戦争直前の増強 — 兵力は約2万人へ
1760年代後半から70年代にかけて、課税政策などをめぐってイギリス本国とアメリカ植民地との対立が激化すると、イギリス王室は北米への大幅な増派を決定しました。
その結果、1775年までにアメリカ大陸に展開するイギリス側の総兵力は約20,000人に急増しました。内訳を見ると、そのうち約8,000人が本国から派遣された正規兵であり、残りの大部分はロイヤリスト(親英派)によって組織された現地民兵や補助部隊でした。
兵力の変遷が示すもの
わずかな期間で駐留兵力が2倍以上に拡大したことは、イギリス政府が植民地の反乱を武力によって抑制しようとする姿勢を明確にしていたことを物語っています。しかし、こうした増強策は逆に植民地住民の反発を煽る結果となり、レキシントン・コンコードの戦闘をきっかけとして独立戦争が本格的に勃発することになりました。