アメリカ南北戦争(1861年~1865年)において、テネシー州は南北両軍が激しい攻防を繰り広げた最重要地域の一つでした。数多くの戦闘の中でも、「チカマウガの戦い」と「フランクリンの戦い」は、戦局に大きな影響を与えた歴史的な決戦として特に知られています。
チカマウガの戦い(1863年9月19日~20日)
チカマウガの戦いは、テネシー州チャタヌーガ近郊で行われた、南北戦争全体でも有数の規模と犠牲者数を誇る激戦です。ブラクストン・ブラッグ将軍率いる南南軍テネシー軍が、ウィリアム・ローズクランズ将軍指揮下の北軍カンバーランド軍に対して奇襲攻撃を仕掛けました。
北軍は甚大な損害を受け、一時は撤退を余儀なくされました。しかし、粘り強く抵抗したことで南軍によるチャタヌーガ占領の試みを阻止することに成功しました。この戦いでは両軍合わせて約3万4千人もの死傷者が出たとされ、その凄惨さから「チカマウガの血潮」という別名でも呼ばれています。
フランクリンの戦い(1864年11月30日)
フランクリンの戦いは、テネシー州フランクリン近郊で行われた、南北戦争終盤における主要な戦闘の一つです。ジョン・ベル・フッド将軍率いる南軍テネシー軍が、ジョン・スコフィールド将軍指揮下の北軍オハイオ軍に対し、正面からの大胆な突撃を敢行しました。
数的に不利な立場にあった北軍は、堅固な防御陣地を築いてこれを持ちこたえ、南軍に壊滅的な打撃を与えました。わずか数時間の戦闘で南軍は多数の将校を失うという惨状となり、最終的に撤退を余儀なくされました。この戦いは南軍によるテネシー再侵攻作戦の事実上の終わりを意味し、戦争の帰趨を決定づける転換点となりました。