北米の歴史

なぜ北部では奴隷が使われなかったのか?――その通説は誤りだった

「北部に奴隷はいなかった」は誤解である

「アメリカ北部では奴隷が使われなかった」という認識は、正確ではありません。実際には北部諸州にも奴隷制は存在しており、南北戦争前の数十年間にかけて段階的に廃止へと向かったものの、奴隷制が全国的に廃止されたのは、1865年12月に合衆国憲法修正第13条が批准されたときでした。

北部における奴隷制の歴史

植民地時代、ニューヨークやニュージャージーをはじめとする北部でも奴隷労働は広く行われていました。農業だけでなく、港湾都市での家事労働や職人仕事など、さまざまな場面で奴隷が使われていたのです。「北部=自由州、南部=奴隷州」という単純な図式は、歴史的事実を過度に単純化したものだと言えます。

段階的廃止への動き

独立戦争後、北部諸州は相次いで奴隷制の廃止に向けて動き出しました。ペンシルベニア州は1780年に段階的解放法を制定し、ニューヨーク州(1799年)やニュージャージー州(1804年)も同様の法律を採用しています。ただし、これらの法律は既存の奴隷を即座に解放するものではなく、一定の年齢に達した後に解放されるという、非常に緩やかな仕組みでした。

修正第13条による全国的な廃止

特にニュージャージー州では、南北戦争が始まる頃までごく少数ながら奴隷が残存していました。奴隷制が完全に終わりを迎えたのは、1865年12月に憲法修正第13条が批准され、合衆国全土で奴隷制が違法となった瞬間です。つまり、北部における奴隷制の消滅は一夜にして起こったのではなく、長い時間をかけた漸進的なプロセスの結果だったのです。