アメリカ独立戦争(1775年〜1783年)の勃発
1775年は、アメリカの歴史における最大の転換点の一つとなった年です。イギリスの北米植民地と本国イギリスとの関係は、それ以前の数年間にわたり急速に悪化していました。「代表なくして課税なし」というスローガンに象徴される課税への反発、厳しい貿易規制、そして植民地の自治権をめぐる対立が、ついに限界点に達しようとしていたのです。
レキシントン・コンコードの戦い――独立戦争の始まり
1775年4月、長年積み重なってきた緊張はついに「レキシントン・コンコードの戦い」として爆発しました。マサチューセッツの小さな町で交わされたこの銃火は、アメリカ独立戦争の幕開けを告げるものとなり、後世には「世界を震わせた銃声」と呼ばれるようになりました。
第二次大陸会議の開催と大陸軍の創設
同年5月、ペンシルベニア州フィラデルフィアにおいて第二次大陸会議が招集され、13植民地は武力衝突への対応を協議しました。この時期の主な動きは以下の通りです。
- 大陸軍の創設:ジョージ・ワシントンを総司令官に任命し、各植民地の民兵を統合した正規軍が組織されました。
- 独立機運の高まり:この年の動乱を受けて、1776年初頭にはトマス・ペインのパンフレット『コモン・センス(常識)』が出版され、王政からの完全な独立を訴えて大ベストセラーとなり、世論に決定的な影響を与えました。
各地で激化する戦闘
1775年を通じて、イギリス軍と愛国者派(パトリオット)の民兵との衝突は各地で続き、戦火は拡大の一途をたどりました。
バンカーヒルの戦い(6月):ボストン近郊で行われたこの戦闘では、イギリス軍が勝利を収めたものの多大な犠牲を払い、植民地軍の抵抗の強さを印象づける結果となりました。
ボストン包囲戦:レキシントン・コンコードの戦いの後、ニューイングランドの民兵部隊はボストンに駐留するイギリス軍を包囲し、ワシントン着任後も包囲網は維持されました。
タイコンデロガ砦の攻略(5月):イーサン・アレンら率いる民兵部隊がニューヨーク北部のイギリス軍要塞を奇襲で占領し、貴重な武器弾薬を確保しました。
まとめ
1775年は、植民地の人々が「抗議」から「独立のための戦争」へと歩み出した決定的な一年でした。レキシントンの銃声に始まり、大陸軍の創設、各地での戦闘の激化を経て、翌1776年の独立宣言へと至る流れが、この年に確実に形づくられていったのです。