1787年憲法制定会議をめぐる二大勢力の対立
1787年に開催されたアメリカ合衆国憲法制定会議では、新しい国家の統治のあり方をめぐり、二つの対立する勢力が激しく衝突しました。この対立の核心は、中央政府の権限の強さと、議会における各州の代表方法にありました。
1. ヴァージニア案 ― 強い中央政府と人口比例代表
ジェームズ・マディソンによって提案されたヴァージニア案は、強力な中央政府の創設を目指すものでした。この案では、人口に応じて議会の議席を配分する「比例代表制」が採用される予定であり、人口の多い大州に有利な仕組みとなっていました。
2. ニュージャージー案 ― 弱い中央政府と州平等代表
これに対し、ウィリアム・パターソンが提案したニュージャージー案は、権限の限られた弱い中央政府を支持するものでした。各州が議会において平等の代表権を持つという、当時の連合規約の枠組みを基本的に維持する内容で、人口の少ない小州の利益を守ることを目的としていました。
対立の帰結 ― 「大妥協」による解決
この対立は最終的に、「大妥協(コネチカット案)」として知られる妥協によって解決されました。上院では各州が平等の代表権を持つ一方、下院では人口に比例して議席が配分される二院制が採用され、現在のアメリカ合衆国議会の原型がここに形作られたのです。