はじめに:アメリカを二分した「自由州」と「奴隷州」
19世紀のアメリカ合衆国は、奴隷制度を認めるか否かをめぐって国内が大きく二つに分かれていました。奴隷制度を廃止、あるいは禁止していた州は「自由州(Free States)」、奴隷制度が合法的に存在していた州は「奴隷州(Slave States)」と呼ばれます。この対立はやがて南北戦争(1861年〜1865年)へと発展し、アメリカ史の大きな転換点となりました。
以下では、当時の自由州と奴隷州を、州名と連邦への加盟年とともに一覧でご紹介します。
自由州(奴隷制度が廃止された州)一覧
自由州は合計17州ありました。括弧内の数字は、その州が連邦に加盟した年です。
- カリフォルニア州(1850年)
- コネチカット州
- イリノイ州(1818年)
- インディアナ州(1816年)
- アイオワ州(1846年)
- メイン州(1820年)
- マサチューセッツ州
- ミシガン州(1837年)
- ニューハンプシャー州
- ニュージャージー州
- ニューヨーク州
- オハイオ州(1803年)
- オレゴン州(1859年)
- ペンシルベニア州
- ロードアイランド州
- バーモント州(1791年)
- ウィスコンシン州(1848年)
これらの州は主に北部に位置し、産業革命による工業化が進んでいたため、労働力としての奴隷への依存度が低いという経済的背景がありました。
奴隷州(奴隷制度が存在した州)一覧
一方、奴隷州は合計15州ありました。綿花などのプランテーション農業が盛んな南部を中心に広がっていました。
- アラバマ州(1819年)
- アーカンソー州(1836年)
- デラウェア州
- フロリダ州(1845年)
- ジョージア州
- ケンタッキー州(1792年)
- ルイジアナ州(1812年)
- メリーランド州
- ミシシッピ州(1817年)
- ミズーリ州(1821年)
- ノースカロライナ州
- サウスカロライナ州
- テネシー州(1796年)
- テキサス州(1845年)
- バージニア州
境界州と南北戦争への道
なお、デラウェア州、メリーランド州、ケンタッキー州、ミズーリ州といった奴隷州は、地理的にも経済的にも南北の中間に位置するため「境界州(Border States)」と呼ばれ、南北戦争中も合衆国(北軍)側にとどまりました。新たな州が連邦に加盟するたびに、自由州と奴隷州の数の均衡が政治問題となり、「ミズーリ妥協(1820年)」や「カンザス・ネブラスカ法(1854年)」など、両者の利害を調整しようとする試みが繰り返されてきました。
まとめ
南北戦争直前のアメリカには、奴隷制を廃止した自由州が約17州、奴隷制を認めた奴隷州が約15州存在していました。1865年に批准された憲法修正第13条により奴隷制度が全国的に廃止されると、これらの区別は歴史上のものとなりましたが、自由州と奴隷州の対立構造は、今日のアメリカの地域文化や政治的傾向の違いを理解するうえでも重要な鍵となっています。