奴隷と年季奉公人が北米に渡った理由
奴隷や年季奉公人(インデンチャード・サーヴァント)が最初に北米へ連れてこられたのは、タバコを生産するためでした。17世紀初頭、ヨーロッパではタバコに対する需要が急速に高まっており、植民地にとって最大の収益源となる可能性を秘めていました。
タバコ――ヨーロッパで人気を博した換金作物
タバコは当時、ヨーロッパで非常に高い需要を持つ貴重な換金作物(キャッシュクロップ)でした。しかし、その栽培には膨大な労働力が必要だったため、イギリスは安価な労働力として年季奉公人を、のちにはアフリカからの奴隷を北米へ送り込みました。こうしてタバコ栽培は、アメリカ南部植民地経済の基盤となっていきました。
1607年、ジェームズタウンの設立
北米における最初の恒久的なイギリス人入植地であるバージニア州ジェームズタウンは、1607年に設立されました。この入植地は当初からタバコ栽培を重要な目的の一つとしており、1610年代にジョン・ロルフが商業的に成功するタバコ品種を導入したことで、植民地は飛躍的な経済成長を遂げました。
タバコ産業の拡大に伴い労働力への需要はさらに増大し、これが後の奴隷制の定着と拡大につながっていったのです。