北米の歴史

オンタリオ州はなぜ連邦結成を望まなかったのか?——その常識は誤りだった

「オンタリオ州はカナダ連邦の結成を望まなかった」という見方がよく語られますが、これは事実とは異なる誤解です。

実際には、オンタリオ州はカナダ連邦結成を最も強く支持した地域の一つでした。連邦成立前の1841年から1867年にかけて存在した「カナダ州」は、後のオンタリオ州(当時のカナダ西部)とケベック州(当時のカナダ東部)から構成されており、このカナダ州こそが、イギリス領北アメリカの諸植民地をひとつに統合する動きの中心的存在だったのです。

連邦結成への積極的な取り組み

当時のカナダ州は、単なる賛成にとどまらず、周辺の大西洋岸植民地やブリティッシュコロンビアなどに対して統合を積極的に働きかけるキャンペーンを展開しました。政治家ジョージ・ブラウンらカナダ西部の指導者たちは、連邦結成を実現するための交渉や憲法策定において主導的な役割を果たしています。

こうした努力の結果、1867年にカナダ自治領が発足し、カナダ西部は正式に「オンタリオ州」として新たな連邦の一員となりました。

まとめ

つまり、オンタリオ州は連邦結成に反対したどころか、その実現に向けて最も熱心に推進した立場にあったのです。「オンタリオ州は連合を望まなかった」という前提自体が誤りである点に注意しましょう。