1861年4月12日に始まったサムター要塞の攻撃は、南北戦争の発端となった歴史的な出来事です。この攻撃をきっかけに、それまで合衆国(連邦)への残留を決めていなかった南部の4つの州が、相次いで連邦からの離脱を宣言しました。
サムター要塞攻撃後に離脱した4つの州
- バージニア州:1861年4月17日
- アーカンソー州:1861年5月6日
- ノースカロライナ州:1861年5月20日
- テネシー州:1861年6月8日
これらの州は、リンカーン大統領が反乱鎮圧のために州兵の動員を求めたことを受けて、連邦からの脱退を最終決断しました。特にバージニア州は、南北戦争全体において最大の激戦地となり、首都ワシントンD.C.にも隣接する重要な地域でした。
サムター要塞攻撃前に離脱していた州
一方、サムター要塞攻撃以前にすでに連邦を離脱していた州もあります。ジョージア州は1861年1月19日、アラバマ州は同年1月11日、ルイジアナ州は同年1月26日に脱退を宣言しており、これらは攻撃前の分離独立の動きに含まれます。
まとめ
サムター要塞の攻撃後、連邦を離脱したのはバージニア州(4月17日)、アーカンソー州(5月6日)、ノースカロライナ州(5月20日)、テネシー州(6月8日)の4州です。この結果、南部諸州はアメリカ連合国(コンフェデラシー)として結束し、4年に及ぶ南北戦争へと突入していきました。