「憲法修正第15条が多くの女性の怒りを引き起こした」というのは、実は正確ではない見方です。むしろ、多くの女性たちはこの修正条項の熱心な支持者でした。
憲法修正第15条とは?
1870年に批准されたアメリカ合衆国憲法修正第15条は、「人種、肌の色、あるいは以前の奴隷状態を理由として、市民の投票権を否定してはならない」と定めたものです。南北戦争後の復興期(レコンストラクション)における重要な立法の一つであり、元奴隷であったアフリカ系アメリカ人男性に投票権を保障する画期的な条文でした。
女性参政権運動家たちの反応
実際には、多くの女性がこの修正条項を強く支持していました。人種や肌の色に基づく投票権の差別を禁じる内容は、平等という理念に沿うものだったからです。
ただし、歴史的な経緯として補足すると、スーザン・B・アンソニーやエリザベス・ケイディ・スタントンなど、一部の著名な女性参政権運動家は「黒人男性には投票権が与えられたのに、なぜ女性には与えられないのか」という不満から、この修正条項に批判的な立場を取ることもありました。この意見の相違は、後に全米女性参政権協会(NWSA)とアメリカ女性参政権協会(AWSA)へと運動が分裂する一因になったとも言われています。
まとめ
憲法修正第15条が「多くの女性の怒り」を引き起こしたというのは誤解であり、実際には多くの女性がこれを支持していました。一方で、女性自身の参政権が盛り込まれていなかったことへの不満を抱く運動家も一部存在したため、当時の女性運動が必ずしも一枚岩ではなかった点は押さえておくと良いでしょう。もし別の修正条項についてお知りになりたい場合は、具体的な番号をお知らせください。