北米の歴史

サラトガ近郊のベニントン高地――尾根と土塁は戦闘の結果にどう影響したのか?

ベニントンの戦いとその舞台

ベニントンの戦いは、1777年8月16日、アメリカ独立戦争のサラトガ方面作戦中に行われた戦闘です。イギリス軍のジョン・バーゴイン将軍は、物資や馬の調達を目的として、フリードリヒ・バウム中佐率いるドイツ人傭兵部隊をベニントン方面へ派遣しました。これに対し、ジョン・スターク准将が指揮するニューイングランド民兵約2,000人が迎え撃ち、結果はアメリカ側の圧倒的な勝利に終わりました。

ウォルームサック川沿いに築かれた土塁

実際の戦場は、ベニントンの町そのものではなく、ニューヨーク州ウォルームサック周辺でした。ここではバウム隊がウォルームサック川沿いとウォルームサック高地に土塁(アースワーク)を築き、防御陣地を構築していました。兵力で大きく劣る遠征部隊にとって、川と高地を利用した防御工事は唯一の頼みの綱でした。

土塁と尾根が戦闘の帰結に与えた影響

しかし、これらの防御陣地は決定打にはなりませんでした。8月16日、スタークの民兵は複数の方向から同時に攻撃を仕掛け、高地の土塁を次々と攻略します。バウム中佐は戦死し、部隊は壊滅。後から到着したブライマン大佐の増援部隊も同様に撃破されました。尾根や高地は一見すると防御側に有利な地形ですが、正面が広く分散した陣地は、機動力と士気で勝る民兵による包囲攻撃を防ぎ切れなかったのです。

フーシック周辺の高地に要塞がなかった理由

一方、ニューヨーク州フーシック周辺の高地(ベニット高地)には、ウォルームサック川沿いのような本格的な要塞や土塁は存在しませんでした。主戦場がそこではなかったためです。なお、サラトガの戦場はベニントンの戦場から南西約44マイル(約70キロ)に位置しており、両者はしばしば混同されますが、それぞれ別個の戦闘である点に注意が必要です。

ベニントンの勝利がサラトガにもたらしたもの

この戦いでの勝利は、バーゴイン軍から貴重な物資と援護兵力を奪うとともに、アメリカ側の士気を大きく高めました。こうした勝利の積み重ねが、同年10月のサラトガにおけるイギリス軍の降伏へとつながります。地形と防御工事の攻防は、独立戦争の転換点を理解するうえで欠かせない要素といえるでしょう。