「メリーランド州はカトリック教徒が自由に信仰を実践できる場所として設立されたのか?」——この問いに対する答えは、実は単純ではありません。一般的にはそう語られがちですが、歴史的事実はもう少し複雑です。
設立の経緯:1634年の入植
メリーランド植民地は、1634年にロード・バルチモア(カルヴァート家)率いるイングランド人カトリック教徒のグループによって設立されました。当時のイングランドでは、国教であるイングランド国教会に従わないカトリック教徒は法的な不利益や迫害を受けており、彼らにとって新天地は確かに「避難所」となる可能性を秘めた土地でした。
しかし、設立当初の目的は「宗教を自由に実践できる場所を作ること」そのものではなく、あくまで母国で苦境に立たされていたカトリック教徒たちの避難先を確保することに主眼がありました。さらに言えば、バルチモア卿は経済的な成功も重視しており、宗教的動機だけが設立理由だったわけではありません。
完全な自由ではなかった初期のカトリック教徒
興味深いことに、メリーランドにおける最初のカトリック教会が建てられたのは1666年になってからです。それまでも、またそれ以降も、カトリック教徒はさまざまな制約の下で生活していました。
とはいえ、1649年には「宗教に関する法律(Toleration Act)」が制定され、三位一体を認めるキリスト教徒間での一定の信仰の寛容が認められました。これは当時としては先進的な試みでしたが、1688年の名誉革命以降は状況が逆転し、イングランド国教会が優位に立ち、カトリック教徒は投票権を失うなど再び厳しい立場に置かれることになりました。
信教の自由が保障されるまで
すべての市民に対する信教の自由が正式に保障されたのは、1776年にメリーランドが州となり、独自の州憲法を採択してからのことです。設立から約140年以上の時を経て、ようやく宗教的寛容が法の下で明確に保証されるようになったのです。
まとめ
メリーランド州は、カトリック教徒にとって重要な避難所となった歴史を持つ一方で、「最初から完全な宗教の自由が約束された場所」だったわけではありません。設立の経緯、1649年の寛容法、そして1776年の州憲法による信教の自由の保障までの道のりは、アメリカにおける宗教的自由の概念が段階的に形成されていった過程をよく物語っています。