南北戦争(1861年〜1865年)当時、奴隷制を認めながらも合衆国(北軍)側に留まった「境界州」には、合計435,079人の奴隷とされた人々が存在していました。
ここでいう境界州に該当するのは、以下の5つの州です。
- デラウェア州
- メリーランド州
- ケンタッキー州
- ミズーリ州
- テネシー州
境界州とはどんな州?
境界州は、北部(自由州)と南部(奴隷州)の境界線上に位置し、奴隷制を維持しつつも合衆国からの脱退を選ばなかった州です。地理的にも経済的にも南北双方の性格を併せ持ち、住民の間でも連邦残留派と南部離脱派に意見が分かれていました。
なかでもケンタッキー州やミズーリ州では親南部的な感情が強く、ゲリラ戦が発生するなど内乱の様相を呈した地域もありました。一方、デラウェア州では奴隷人口がごく少数にとどまり、奴隷制への依存度は他の州に比べて低かったとされています。
境界州の奴隷問題が戦争に与えた影響
境界州が合衆国に留まり続けたことは、北軍にとって戦略上きわめて大きな意味を持ちました。エイブラハム・リンカーン大統領は、ケンタッキー州を失うことは戦争全体を失うのに等しい、と語ったとも伝えられています。
そのためリンカーン政権は境界州への配慮を最優先し、1862年に発せられた奴隷解放宣言も、境界州には適用されない形で発表されました。境界州における奴隷制は、その後の戦争の進展とともに段階的に解消されていくこととなります。