トルーマン・ドクトリン(1947年)
ソ連による拡張主義を封じ込めることを国際的に公約し、共産主義勢力の拡大阻止へ本格的に乗り出したのがトルーマン・ドクトリンです。
最初の支援対象となったのはギリシャとトルコ。両国に対し、大規模な軍事援助と経済援助が提供されました。
マーシャル・プラン(1947年)
第二次世界大戦によって疲弊したヨーロッパの復興を目指し、米国は共産主義国家であるか否かにかかわらず、すべてのヨーロッパ諸国に援助を申し出ました。
しかしながら、ソ連およびその衛星国はアメリカによる支援を拒否。東西陣営の分断がより明確になりました。
ベルリン空輸(1948〜1949年)
ソ連が西ベルリンを完全に封鎖すると、西側諸国は陸路に代えて空路からの補給を選択しました。
この作戦は1年以上にわたって続けられ、食料や生活必需品が空輸され続け、西ベルリンの存続が守られました。
NATOの設立(1949年)
北大西洋条約機構(NATO)は、アメリカ・カナダ・西ヨーロッパ10カ国によって結成された軍事同盟です。
いずれかの加盟国が攻撃された場合には、他の加盟国がこれを援助するという集団防衛の原則を掲げています。
これらの取り組み=「封じ込め政策」
以上の一連の施策は、総称して「封じ込め政策(コンテインメント政策)」と呼ばれます。その目的は、冷戦時代を通じて共産主義の拡散を食い止めることにあり、米国の対外政策の基調となりました。