北米の歴史

北部諸州はいつ奴隷制の廃止に踏み切ったのか?その背景と経緯

北部諸州の奴隷制廃止への動き

アメリカ北部諸州は、18世紀後半から奴隷制の廃止に向けて動き始めました。独立戦争前後の時期、「自由」と「平等」を掲げる独立の理念が広まるなかで、奴隷制に対する疑問や批判が次第に強まっていったのです。

先駆けとなったバーモント州

1777年、バーモント州が奴隷制を廃止した最初の州となりました。これは当時としては非常に先進的な取り組みであり、他の北部諸州にも大きな影響を与える歴史的な出来事でした。

1804年までに北部全域へ拡大

バーモント州に続き、ペンシルベニア州、マサチューセッツ州など各州が相次いで奴隷制廃止の法整備を進め、1804年までにはすべての北部諸州が奴隷制を廃止しました。こうして北部では、建国から半世紀足らずのうちに奴隷労働に頼らない社会への転換が実現することとなりました。

奴隷制廃止を後押しした三つの要因

北部における奴隷制廃止運動は、以下のような複数の要因によって推進されました。

  • 道徳的な問題意識: 奴隷制は人間の尊厳に反する道徳的に誤った制度であるという認識が、宗教界や知識人層を中心に広く浸透していきました。
  • 南北間の経済競争: 工業化が進む北部と、プランテーション農業に依存する南部との間には経済的な利害の対立があり、これが奴隷制批判を強める一因となりました。
  • 自由州の政治力: 奴隷制を持たない「自由州」が連邦議会などで持つ政治的な発言力も、廃止の流れを支える重要な要素でした。

これらの要因が複合的に作用した結果、北部では19世紀初頭までに奴隷制が消滅しました。しかしながら、南部では奴隷制が依然として経済の基盤として存続しており、この南北の格差はやがて国全体を巻き込む深刻な対立へと発展していくことになります。