北米の歴史

1973年と1979年に米国の石油消費量が急減した理由――2度のオイルショックの背景を解説

1970年代、米国では2度にわたる石油危機(オイルショック)によって石油消費量が急激に減少しました。その背景には、いずれも中東の政治的動乱に起因する供給減少と原油価格の高騰がありました。ここでは、それぞれの危機の原因と影響を詳しく見ていきます。

1973年:第一次オイルショック

OPECによる石油禁輸措置

第四次中東戦争(ヨム・キプル戦争)においてイスラエルを支援したことへの報復として、石油輸出国機構(OPEC)は米国およびその同盟国に対する石油禁輸(エンバーゴ)を実施しました。この結果、世界の石油供給が大幅に減少し、原油価格は約4倍に急騰。ガソリンスタンドには長蛇の列ができ、米国社会全体に大きな衝撃を与えました。

経済活動の低迷による需要減少

急騰した原油価格は米国をはじめ各国の経済を冷やし、スタグフレーション(インフレと不況の同時進行)を引き起こしました。景気後退に伴い工業生産や輸送需要が縮小し、石油消費量も大きく落ち込みました。また、米国政府は全国速度規制(時速55マイル制限)の導入や省エネ政策の推進など、石油消費を抑える対策を講じたことも需要減少につながりました。

1979年:第二次オイルショック

イラン革命による供給混乱

1979年のイラン革命により、パフラビー朝(シャー)が倒れてイスラム政権が樹立されました。新政権は石油産業を国有化し、ストライキや政情不安によって原油生産が大幅に停滞しました。イランは当時有数の産油国だったため、世界市場で一時的な石油不足が発生することになりました。

再び高騰する原油価格

供給減少と地政学的不安定化により、原油価格は再び約2倍に急騰しました。多くの国で経済が悪化し、石油消費の削減が急務となりました。この危機を機に、省エネルギーへの取り組み、燃費の良い小型車へのシフト、原子力や天然ガスなど代替エネルギーの開発が世界的に加速しました。

まとめ:2度の危機が残したもの

両方の石油危機は、「地政学的要因による供給減少 → 原油価格の高騰 → 経済活動の縮小」という共通の流れの中で、米国の石油消費量を急減させました。これらの経験は、米国が戦略石油備蓄(SPR)の創設や自動車燃費基準(CAFE規制)の強化といったエネルギー安全保障政策を本格的に強化する重要な転機となりました。