実は、赤狩り(レッドスケア)がアメリカ自由人権協会(ACLU)の結成を直接促したわけではありません。ACLUは1920年に設立されており、1950年代の赤狩りよりも約30年も前のことだからです。
しかしながら、ACLUは赤狩りの時代に発生した数多くの市民的自由への侵害に立ち向かううえで、極めて重要な役割を果たしました。
赤狩りとは何だったのか
赤狩りの時代は、共産主義の影響力に対する恐怖が高まり、アメリカ国内に潜むソ連のスパイへの疑心暗鬼が社会全体に広まった時期でした。この結果、言論の自由、結社の自由をはじめとする基本的な権利が大規模に抑圧される事態となりました。
ACLUが果たした防衛の役割
こうした憲法上の権利への侵害に対し、ACLUは政府の調査、忠誠審査委員会、そして共産主義との関わりを疑われた人々を対象とする議会調査の標的となった個人を精力的に擁護しました。
具体的には、以下のような活動を行っています。
- 多くの審理で適正手続きが欠如していた点に異議を唱えた
- 憲法修正第6条が保障する弁護士依頼権の承認を提唱した
- 公務員に疑わしい共産主義活動との関係を否定させるよう求める忠誠テストに反対した
赤狩りの終結への貢献
ACLUおよびその他の人権団体によるこうした活動は、赤狩りにおける最も深刻な人権侵害を終わらせる決定的な要因となりました。さらに、社会的危機の渦中においてこそ市民的自由の保護が重要であるという認識を社会に浸透させ、後世の公民権意識の形成にも大きく貢献したのです。