ジュニペロ・シエラ神父とは
ジュニペロ・シエラ神父(Father Junípero Serra、1713年11月24日頃〜1784年8月28日)は、スペイン出身のフランシスコ会司祭・宣教師です。アルタ・カリフォルニア(上部カリフォルニア)における最初の9つのスペイン伝道所(ミッション)を創設した人物として知られています。
生い立ちと修道士への道
シエラは1713年、スペイン領マヨルカ島のペトラに生まれました。本名はミゲル・ホセ・セラ・フェラテル(Miguel José Serra Ferrater)といいます。若い頃はイエズス会への入会も検討していましたが、16歳でパルマの修道院に入り、フランシスコ会士となりました。13世紀イタリアの聖人ユニペール(Juniperus)にちなんで、「ジュニペロ」という修道名を受けました。
1737年に司祭に叙階された後、約15年間にわたりリュクマヨル大学で哲学を教えました。1749年には新大陸での宣教活動に志願し、海を渡ることを決意します。
メキシコでの宣教活動
1749年初頭、シエラはアメリカ大陸へ向けて出航し、まずメキシコのベラクルスに到着、その後メキシコシティへ移りました。続く8年間はメキシコのシエラ・ゴルダ地方で宣教師として働き、1758年にはバハ・カリフォルニアへ赴任しました。
アルタ・カリフォルニアでの伝道
1767年、イエズス会の追放後に空位となっていたカリフォルニア宣教の指揮官として、スペイン当局からフランシスコ会宣教団の長に選ばれたのがシエラでした。1769年にはカリフォルニアに3つの伝道所を設立します。そのうちのひとつであるサンディエゴ・デ・アラカラ伝道所(Mission San Diego de Alcalá)は、カリフォルニアにおける最初の恒久的なヨーロッパ人入植地となりました。
シエラは最終的にアルタ・カリフォルニアに合計9つの伝道所を創設しました。彼はこの地域をくまなく旅し、しばしば裸足で歩き、重い十字架を背負いながら、先住民の人々にキリスト教を説きました。数千人のネイティブ・アメリカンをカトリックへ改宗させたとされています。
直面した困難と晩年
宣教の道のりは決して平坦ではありませんでした。先住民との対立や物資の不足など、多くの試練に直面し、晩年は健康状態にも恵まれませんでした。それでもシエラは1784年に亡くなるまで、カリフォルニアでのキリスト教布教のために尽力し続けました。
複雑で議論のある遺産
シエラの評価は複雑で、賛否が分かれています。宣教への献身や人道支援の取り組みを称賛する声がある一方、カリフォルニアのスペイン植民地化における役割や先住民への扱いについては強い批判も向けられています。近年ではアメリカ各地にあった彼の像が撤去されるなど、その歴史的評価をめぐる議論は今も続いています。
列福と列聖
シエラは1988年に教皇ヨハネ・パウロ2世によって列福され、その後2015年9月23日に教皇フランシスコによって列聖されました。ローマ・カトリック教会の典礼暦では、米国において毎年7月1日に彼を記念しています。