17世紀から18世紀にかけて、フランスは北アメリカに広大な植民地帝国を築きました。その領土はカナダ東部からメキシコ湾岸、さらにはカリブ海の島々まで及んでいます。ここでは、フランスが北アメリカに持っていた主な植民地とその範囲を詳しく見ていきましょう。
ヌーベルフランス(新フランス/1608年〜1763年)
ヌーベルフランスは、フランスによる北米植民地経営の中核となる存在でした。1608年にサミュエル・ド・シャンプランがケベック市を建設して以来、毛皮交易を軸に勢力を拡大し、以下の地域を支配下に置きました。
- セントローレンス川流域(現在のケベック州)
- 五大湖地域
- ミシシッピ川流域
- アカディア(現在のノバスコシア州、ニューブランズウィック州、プリンスエドワードアイランド州)
- ニューファンドランド島
ルイジアナ(1699年〜1803年)
1699年、フランスはメキシコ湾岸にルイジアナ植民地を設立しました。その領域には次の場所が含まれていました。
- メキシコ湾岸地域(現在のルイジアナ州、ミシシッピ州、アラバマ州、フロリダ州の一部)
- ミシシッピ川流域
1803年の「ルイジアナ買収」により、この広大な領土はアメリカ合衆国へ売却されました。
フロリダ(1565年〜1763年)
- フロリダ半島
フランスは16世紀後半にフロリダへの進出を試みましたが、スペインとの対立により長く足場を維持することはできませんでした。
西インド諸島
フランスの影響力は北米大陸にとどまらず、カリブ海の島々にも及びました。特にサン=ドマングは当時世界有数の砂糖生産地として繁栄しました。
- サン=ドマング(現在のハイチ)
- マルティニーク
- グアドループ
- セントルシア
- グレナダ
- ドミニカ
- セントビンセントおよびグレナディーン諸島
- トバゴ
まとめ
フランスの北米植民地は、セントローレンス川流域を中心とするヌーベルフランス、メキシコ湾岸のルイジアナ、そしてカリブ海の西インド諸島へと大きく広がっていました。しかし、七年戦争(北米ではフレンチ・インディアン戦争)での敗北などを経て、18世紀後半までにその大部分を失うこととなりました。