1919年9月9日から12日にかけて、アメリカ労働総同盟(AFL)が組織した「ボストン警察ストライキ」が発生しました。ボストン警察署の約1,117人の警察官が、低賃金と劣悪な労働条件に抗議してストライキに突入しました。
ストライキの背景
当時のボストンの警察官は、長時間労働にもかかわらず賃金が非常に低く、第一次世界大戦後のインフレーションによって生活は一層苦しくなっていました。警察官たちは労働組合への加入を求めましたが、市当局はこれを認めず、双方の対立は深まる一方でした。こうした状況の中、警察官たちは団結し、ストライキという手段を選択したのです。
クーリッジ知事による強硬な鎮圧
ストライキの発生を受け、マサチューセッツ州知事カルビン・クーリッジは州民兵を動員し、戒厳令を敷いてストライキを鎮圧しました。この過程で、警察や民兵部隊との衝突により、複数のストライキ参加者が死傷しています。この強硬な対応によりクーリッジは全国的に名声を高め、後にアメリカ合衆国大統領へと昇りつめることになりました。
ストライキの歴史的意義と影響
このストライキは、アメリカにおける労使関係に多大な影響を及ぼしました。労働者が組織化する権利と、政府が公共の秩序を維持する権限との間の緊張関係が浮き彫りになったのです。ボストン警察ストライキは、アメリカ労働運動史における重要な転換点として、今日でも多くの人々に語り継がれています。