北米の歴史

アメリカ合衆国憲法制定当時、存在していた政党はいくつ?連邦派と反連邦派の対立を解説

アメリカ合衆国憲法が起草・制定された1787年頃、米国には大きく分けて2つの政治勢力が存在していました。それが「連邦派(フェデラリスト)」と「反連邦派(アンチ・フェデラリスト)」です。

連邦派(フェデラリスト)とは

連邦派は、アレクサンダー・ハミルトンやジェームズ・マディソンらが代表する勢力で、強力な中央政府(連邦政府)の樹立を支持していました。彼らは、13の州がそれぞれ独立した権限を持つだけでは国家としてまとまりに欠けると考え、統一された通貨、国防、通商政策を持つ強い中央政府が必要だと主張しました。

反連邦派(アンチ・フェデラリスト)とは

一方の反連邦派は、パトリック・ヘンリーやジョージ・メイソンらが代表する勢力で、中央政府の権限を弱め、各州により多くの権限を残すことを求めていました。彼らは、強大な中央政府がイギリス王政のような専制へと向かうことを懸念し、州の自治権と個人の自由を重視しました。

両者の対立がもたらしたもの

この対立は憲法批准の過程にも大きな影響を与えました。反連邦派の強い要請を受け、最終的に権利章典(Bill of Rights、修正第1条から第10条)が追加されることで妥協が成立し、憲法は批准されました。

なお、この時点での「連邦派」「反連邦派」は厳密には組織化された政党というより政治的な潮流でしたが、その後の論争の中で、1790年代には連邦党と民主共和党というアメリカ初の本格的な政党へと発展していきました。