飢h2>飢餓の時代(スターヴィング・タイム)とは?
「飢餓の時代(ザ・スターヴィング・タイム)」とは、北米初の恒久的イギリス人植民地であるバージニア州ジェームズタウンで、1609年冬から1610年にかけて発生した、極度の飢饉と困窮の時期を指します。この冬は、植民地の歴史の中でも最も過酷な試練として記録されており、多くの入植者が飢えと病気によって命を落としました。
なぜこれほど深刻な事態に陥ったのか
飢餓の時代の背景には、いくつかの要因が重なり合っていました。
- 記録的な干ばつ: 1609年前後の数年間、チェサピーク湾周辺は歴史的にも稀な干ばつに見舞われ、トウモロコシなどの作物収穫が激減しました。
- 先住民族との関係悪化: ポウハタン連合との対立が深まり、植民地への食料供給が断たれました。入植者たちは要塞の中に閉じ込められ、外に出て狩りや採集をすることも危険な状況でした。
- 補給船の遭難: 本国から新たな入植者と物資を運ぶはずだった補給艦隊の旗艦「シー・ヴェンチャー号」がハリケーンでバミューダ沖に座礁し、救援が大幅に遅れました。
- 準備不足の入植者: 多くの入植者は農業や自給自足の経験が乏しく、厳しい冬に備えた食料備蓄も不十分でした。
壊滅的な被害の規模
1609年の秋には約500人いた入植者のうち、翌1610年5月に救援船が到着したときに生存していたのはわずか60人前後とされています。生き残った人々も極度の衰弱状態にあり、植民地は放棄されかけるほどの危機に陥りました。
植民地存続の転機
1610年6月、デラウェア卿(ロード・デ・ラ・ワー)率いる新しい補給船団と総督が到着し、撤退しようとしていた入植者たちを引き留めました。以降、タバコ栽培の成功などによって植民地経営は徐々に安定へと向かい、ジェームズタウンは北米におけるイギリス植民地化の出発点として存続することになります。
まとめ
飢餓の時代が始まったのは1609年の冬であり、その苦難は1610年に救援が到着するまで続きました。この出来事は、初期アメリカ植民地史における最大の生存危機の一つとして、今日でも教訓的に語り継がれています。