北米の歴史

アメリカ各州はいつ奴隷制度を廃止したのか?州別廃止年一覧

アメリカ各州の奴隷制度廃止年一覧

アメリカ合衆国における奴隷制度の廃止は、一夜にして実現したものではありません。北部諸州では建国初期から段階的に廃止法が制定された一方、南部諸州では南北戦争終結後の1865年、憲法修正第13条の批准によってようやく奴隷制度が終わりを迎えました。以下の表は、各州が奴隷制度を廃止した年をまとめたものです。

州名奴隷制度廃止年
ニューハンプシャー州1777年
マサチューセッツ州1780年
コネチカット州1784年
ロードアイランド州1784年
ニュージャージー州1804年
ニューヨーク州1827年
ペンシルベニア州1847年
イリノイ州1848年
ウィスコンシン州1848年
アイオワ州1848年
ミシガン州1848年
カリフォルニア州1850年
オレゴン州1857年
ミネソタ州1858年
カンザス州1861年
ウェストバージニア州1863年
ネバダ州1864年
ネブラスカ州1864年
コロラド州1865年
テネシー州1865年
アーカンソー州1865年
サウスカロライナ州1865年
ノースカロライナ州1865年
ジョージア州1865年
アラバマ州1865年
ミシシッピ州1865年
ルイジアナ州1865年
フロリダ州1865年
テキサス州1865年
デラウェア州1865年
メリーランド州1865年
バージニア州1865年
ケンタッキー州1865年
ミズーリ州1865年
オクラホマ州1865年
ニューメキシコ州1865年
アリゾナ州1865年
ユタ州1865年
ノースダコタ州1889年
サウスダコタ州1889年
モンタナ州1889年
ワシントン州1889年
アイダホ州1890年
ワイオミング州1890年

北部諸州における早期の廃止の動き

独立戦争の気運とともに、北部では早くから奴隷制度への批判が高まりました。バーモント州は1777年の憲法で奴隷制を禁じた最初の地域となり、マサチューセッツ州やペンシルベニア州も1780年前後に廃止へと踏み切りました。
ただし、当時の多くの州が採用したのは「段階的廃止」と呼ばれる方式です。これは、すでに奴隷として存在していた人々が即座に解放されるのではなく、一定の条件のもとで将来解放されるという仕組みでした。そのため、法律の制定年と奴隷制度が実際に消滅した年との間にはずれが生じます。例えばニューヨーク州は1799年に段階的廃止法を成立させましたが、すべての奴隷が解放されたのは1827年のことでした。

南北戦争と奴隷解放宣言

1861年に始まった南北戦争は、奴隷制度の存続をめぐる南北間の対立が最大の要因の一つでした。リンカーン大統領は1863年1月1日に「奴隷解放宣言」を発布し、反乱諸州に属する奴隷を自由な身分と定めました。同じ年の1863年には、ウェストバージニア州が連邦に新たに加盟し、州憲法において段階的な奴隷制廃止を掲げています。

憲法修正第13条による全面廃止(1865年)

1865年12月6日、憲法修正第13条が批准され、合衆国全土で奴隷制度および不本意な労働の強制が違法となりました。これにより、テキサス州やジョージア州といった南部諸州だけでなく、修正条項の批准に消極的だったデラウェア州やケンタッキー州などの境界諸州においても、法的に奴隷制度が終焉を迎えました。表中で1865年とされている州の大半は、この修正第13条の発効によって奴隷制度が終わったことを示しています。
なお、テキサス州では1865年6月19日にようやく奴隷解放が伝えられ、この日は現在「ジューンティーンス」として全米的な祝日となっています。

州昇格の年と奴隷制度の関係

一方で、ノースダコタ州・サウスダコタ州・モンタナ州・ワシントン州(いずれも1889年)やアイダホ州・ワイオミング州(1890年)のように、比較的新しい年号が付けられている州があります。これらの州は、連邦に加盟した時点で奴隷制度が存在しない「自由州」として州制を敷いた地域であり、表の年号は奴隷制度の廃止そのものではなく、州への昇格(州制施行)の年を指しています。同様に、カリフォルニア州(1850年)、ミネソタ州(1858年)、カンザス州(1861年)なども、州昇格時に自由州として連邦に加わりました。

まとめ:年号の背景を読み解く

このように、一覧表の中の年号には、「奴隷制度が実際に終わった年」「廃止法が制定された年」「自由州として州に昇格した年」といった、複数の異なる意味が混在しています。歴史を正しく理解するためには、数字そのものだけでなく、それぞれの州が置かれていた時代背景や地理的な事情を合わせて見ることが重要です。