北米の歴史

ハンニバルはどの峠からアルプスを越え、どこへ下ったのか?

ハンニバルの伝説的なアルプス越え

紀元前218年、カルタゴの名将ハンニバル・バルカは、第二次ポエニ戦争の開幕にあたり、戦象を含む大軍を率いてアルプス山脈を越えるという前人未到の行軍を実行しました。この大胆な作戦は、ローマが予想しなかった方向からの攻撃を可能にした、軍事史上最も有名な機動作戦の一つです。

アルプスに入った場所:グレート・セント・ベルナール峠

ハンニバルが軍隊を率いてアルプスに入ったのは、スイスとイタリアを結ぶグレート・セント・ベルナール峠(Great St. Bernard Pass)とされています。標高約2,469メートルに達するこの峠は、古代からアルプス越えの主要ルートの一つとして知られています。

ただし、ハンニバルが実際に通った正確な経路については、現在も歴史学者や考古学者の間で活発な議論が続いており、モン・ジュネーヴル峠、リトル・セント・ベルナール峠、コル・ド・ラ・トラヴェルセットといった別の説も有力視されています。

下った先:北イタリア(ポー平原)

過酷な雪と険しい岩場を乗り越えてアルプスを越えたハンニバル軍は、北イタリアのポー平原へと下りました。この地域には当時、ローマの支配に不満を持つケルト系(ガリア人)の部族が多く住んでおり、ハンニバルは彼らの協力を取り付けて、ローマへの攻勢の拠点としました。

その後、ハンニバルはトレビアの戦い(紀元前218年)、トラスィメヌス湖畔の戦い(紀元前217年)、そしてカンネーの戦い(紀元前216年)でローマ軍に圧倒的な連勝を収め、その名を永く歴史に刻むこととなりました。