バージニア州の設立者は?
バージニア州(当時はバージニア植民地)は、1607年にジョン・スミス船長(Captain John Smith)率いるイングランド人入植者たちによって設立されました。彼らは北米大陸に恒久的な入植地を築くことを目的として渡航した最初の集団の一つであり、その拠点となったのがジェームズタウン(Jamestown)です。
ロンドン・バージニア会社の役割
入植者の渡航と開拓事業は、イングランド国王ジェームズ1世から勅許状(Royal Charter)を与えられたロンドン・バージニア会社(Virginia Company of London)によって資金提供されました。同社は投資家たちの出資をもとに、新大陸での貿易や資源開発による利益を期待して植民事業を推進しました。
ジェームズタウン建設と苦難の時代
1607年5月、100名余りの入植者がチェサピーク湾に注ぐジェームズ川沿いにジェームズタウンを建設しました。しかし、当初の入植生活は過酷を極め、食料不足や疫病、先住民との対立などにより多くの命が失われました。特に1609年から1610年にかけての冬は「飢餓の時代(The Starving Time)」と呼ばれるほど深刻な状況でした。
ジョン・スミスの貢献
元傭兵であったジョン・スミスは、厳しい規律によって入植者の秩序を保ち、先住民ポウハタン連邦との交渉や食料調達に尽力しました。ポカホンタスとの逸話でも広く知られており、彼の指導力がなければジェームズタウンは崩壊していたとも言われています。
バージニアの発展と州への道
1610年代にタバコ栽培が成功すると、バージニア植民地は経済的に安定し、急速な発展を遂げました。1619年には北米初の議会となるバージニア植民地議会が開かれ、自治の基礎が築かれました。その後、1776年のアメリカ独立宣言を経て、バージニアは1788年にアメリカ合衆国10番目の州として加盟しました。「オールド・ドミニオン(古き支配領)」という愛称で親される由縁は、この王室との深い歴史的つながりにあります。