南北戦争(1861年〜1865年)の時代、今日のような喫茶店やコーヒーショップは存在しませんでした。そのため、「当時のコーヒー一杯はいくらだったのか」という問いに対しては、直接的な答えが存在しないのが実情です。
なぜ「一杯の値段」がわからないのか
当時のコーヒーは、店で淹れたての一杯として売られるものではなく、豆や挽いた粉の状態で量り売りされるのが一般的でした。一般家庭も兵士も、購入したコーヒーを自宅や野営地で自分の手で淹れて飲んでいたため、「一杯いくら」という単位での取引自体がなかったのです。
それでもわかる、当時のコーヒー価格
記録に残っているのは、コーヒー豆(生豆)のポンドあたりの価格です。戦前は1ポンドあたり15〜20セント程度だったものが、戦争によるインフレや供給不足の影響を受け、1863年頃には2ドルを超える水準へと急騰したとされています。
北軍の兵士とコーヒー
北軍にとってコーヒーは士気を保つために欠かせない配給品でした。兵士たちは野営地で焚き火を囲みながら、自分たちでコーヒーを淹れて飲むのが日課だったといいます。
南軍の苦境と代用コーヒー
一方、南軍では北軍による海上封鎖の影響で、本物のコーヒーの入手が極めて困難になりました。このため、チコリー(キクニガナの根)やライ麦、サツマイモ、どんぐりなどを焙煎した代用コーヒーが広く飲まれることになりました。
まとめ
南北戦争中の「コーヒー一杯の値段」を正確に特定することはできませんが、豆の価格が戦前の十数倍にまで高騰した事実から、当時のコーヒーがいかに貴重な存在だったかをうかがい知ることができます。