北米の歴史

第一次ブルランの戦いでワシントンの民間人は何をしていたのか?

戦争を「見物」しに来た市民たち

1861年7月21日、バージニア州で行われた第一次ブルランの戦いは、南北戦争における最初の本格的な地上戦となりました。当時、多くの人々は戦争が短期間で終わると楽観視しており、この戦いもすぐに決着がつくと考えられていました。

そのため、ワシントンD.C.の民間人たちは、まるで観戦スポーツに出かけるように、列車に乗って戦場へ向かいました。上院議員やその家族、新聞記者、一般市民などが弁当やワインまで持参し、丘の上から北軍(ユニオン軍)の進軍を見物しながら、熱心な声援を送ったのです。

予想外の悲劇的な結末

しかし、戦況は当初の楽観的な予想とは裏腹に展開しました。南軍(コンフェデラシー軍)の猛反撃により北軍は壊滅的な敗走を余儀なくされ、戦場に詰めかけた見物客までもが逃げ惑う大混乱に陥ったのです。

この出来事は、世間が抱いていた「短い戦争」という幻想を打ち砕き、南北戦争が長期にわたる苛烈な闘いになることを両陣営に痛感させる契機となりました。